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zoom RSS 雲流るる果てに 映画

<<   作成日時 : 2008/12/28 07:08   >>

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一度出撃したら生きては帰れない特攻隊。若くして南の空のはてに散っていった学徒航空兵の遺族や紙一重で生還した戦友によって編集された遺文集「雲流るる果てに」のタイトルをかりて作られた反戦特攻映画の名作。今日限りの命をひたむきに生きる彼らの青春群像があざやかに描き出され、と同時に残酷な戦争への激しい憤りを感じずにはいられない。

  雲流るる果てに散っていった青春群像

昭和19年秋から20年春。日本の勝利を信じて疑わぬ典型的な軍人、大滝中尉(鶴田浩二)と命を大切にする深見中尉(木村 功)は友人だった。恋人と別れて出撃する者、訓練中の事故で死ぬ者、若い命が次々と失われていく。そして全員が敵の艦隊に突入する最後の朝がやってきた。飛びたった彼らは二度と戻らなかった。

”主観的には純粋でありながら、客観的には無駄であった特攻隊の死、その矛盾をはっきりとらえられたとき、はじめて悲しさが無駄でなくなる”という家城巳代治監督の言葉に導かれ、鶴田浩二、木村功らが追いつめられた若者の心理を名演。山岡久乃、西村 晃らが脇を固める。脚本は直居欽哉が自らの体験をもとに八木保太郎、家城監督と共同執筆した。ほかに「異母兄弟」「裸の太陽」などを手がけ、日本映画界のヒューマン派といわれた家城監督の代表作である。
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〔注〕@映画製作中に遺族の一人として家城監督に呼ばれ意見を聞かれたことが思い出される。40代そこそこの若さとレッドパージで松竹を追われた監督は意気軒昂。「どうしても若くして死んでいった彼らの思いを後の世に伝えて行かなければ」というのが彼の口癖だった。旧制中学同窓(彼は府立三中、僕は都立三中)とあって懇切丁寧に製作意図を話してくれた。映画のラストシーンの「極めて健康」の文字が雲の果てに小さく消えていくシーンは僕の提案だった。
A直居欣哉氏(早大)は戦後いち早く僕の家を探し出し訪ねて来られた。特攻死した兄と土浦海軍航空隊で同室、ハンモックを並べていた海軍飛行予備学生の同期生という既知の中、遺影の前で号泣していた姿がわすれられない。彼はエンジン故障で沖縄に向かう途中で海中に不時着、奇跡的に生還した。「申し訳ない、俺はどうしたらいいんだ」とおふくろに話している様子が今でもまざまざまと浮かんでくる。その後どうなさったか消息を知らない。(永井至正記)

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