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zoom RSS 『石碑の誓い』 訪ねてD

<<   作成日時 : 2009/07/08 08:12   >>

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1975(昭和46)年、江東区の女性たちが「江東の空襲慰霊碑を作る会」を立ち上げ、運動を展開することあしかけ四年、区議会で全会一致の採択を見ながら実を結ばないことに業を煮やした女性たち。魂のこもった慰霊碑を作ることがどれほど切実な意味を持つかと発刊したのが「写真集・石碑の誓い」だった。  

  橋をわたると白いさざんかの花が    永井和子画像

 冬の季節に扇橋をわたるとつめたい川風にのってかすかな花の香りがほほにあたる。灰色の下町の風景のなかでそこだけはっと目のさめるような白いさざんかの花である。

 橋をわたって数歩いった家の壁を切りとってはめこんだように、二体の戦災地蔵尊はまつられていた。古びて欠け落ちたところもあるけれど供えられている花はいつも新しく線香の香も絶えない。この地蔵尊をまもってこられた町の方々の心やりがしのばれる。

 むかし風呂屋だったこの家は三月十日の空襲で一家全滅だった。近所の横塚さんがそのことを悼んで一体の地蔵尊を建立され、今はすぐ近くでペンキ屋を営んでいられる須藤さんはじめ町内の方々がまもっていられる。横塚さんからは今も忌ごとに花が届けられときいた。もい一体は関東震災のとき扇橋の川でたくさんの人が亡くなったのを慰霊するために建てられ、戦災後一緒にまつられるようになったものだ。
画像

 下町の人の心のあたたかさは白いさざんかの花よりもすがすがしく、それだけになお、空襲のすさまじさ、地蔵をまつらずにいられなかった人々の思いが切なく胸にしみる。

<扇 橋戦災地蔵尊>
建  立 昭和二十三年
所在地 東京都江東区扇橋1−8−1
建立者 横塚富士太郎

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