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zoom RSS 山田和夫描く「特攻映画」序

<<   作成日時 : 2011/05/31 09:50   >>

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四年前、映画評論家の山田和夫氏が雑誌・「前衛」(2007年9月)に書いた小論・「『その瞬間、彼らはまだ生きていた』−特攻を描いた日本映画の歩みー」を本ブログに全文掲載できることになった。兄を特攻で亡くし、「特攻とは何だったのか?」を終生のテーマとして問い続けてきた私。“満州っ子”の願いを、このほど山田和夫氏と「前衛」編集部がこころよくお認めいただいたからである。

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  ひとすじの曙光がさしてきた
 
 21歳の若さで学徒出陣、1944(昭和19)年、フイリピンで神風特別攻撃隊の一員として逝った兄。戦後60余年を経てなお、あの特攻について「美化論」「無駄死論」が交差するなか、いずれにも組みし得ない私。これまで、この論文なかでもふれられている映画・「雲流るる果てに」を演出した家城巳代治氏の「主観的には純粋でありながら、客観的には無駄であった特攻隊の死。その矛盾をはっきりとらえられたとき、はじめてかなしさが無駄でなくなる」という言葉が唯一の心のよりどころだった。が、山田和夫氏の本論に接することによって、いま、死んでいった彼らの行為にひとすじの曙光が射してきた気がしてならない。

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 なお、本論は長文(73〜83頁)なので7回にわたってシリーズでお送りし、6月中に完了する予定。文中の挿入写真は私が選ぶことをお許しいただきたい。
           
         <目次>

@最初の特攻突入シーンに拍手!
A私は特攻を「志願」した
Bそのとき天皇は?・・・・・・「日本の悲劇」と
 「TOKKO 特攻」
C隊員の三分の一は迷っていた
D「雲流るる果てに」と「人間魚雷回天}
Eその瞬間、彼らはまだ生きていた
F新しい境地へ進む特攻映画を

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