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zoom RSS 山田和夫描く「特攻映画」C

<<   作成日時 : 2011/06/04 05:44   >>

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「その瞬間、彼らはまだ生きていた」−特攻を描いた日本映画の歩みー映画評論家・山田和夫

▼知覧特攻平和会館の前庭
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 (四) 隊員の三分の一は迷っていた
 
 たしかに昭和天皇の責任は逃れるべくもなかったが、それを口実にして敗戦のその日まで、多くの若者たちに死を制した日本軍部の犯罪的行為は、絶対に許すことは出来ない。
 
 1945年5月下旬、陸軍航空本部は「特攻隊員の取り扱いに適性をを期すため」、陸軍特攻の知覧基地(あの石原特攻映画の舞台)で「特攻隊員の心理調査」を実施した。調査担当者は戦後社会心理学者として活躍した望月衛技師。その調査結果は、現在の隊員の三分の一は、「最初から希望してはいなかった」と率直に述べている(生田惇著『陸軍航空特別航空隊史』<ビジネス社>。そして「人生最後の重大問題について疑問を持ち、その解決に苦しむ者がある」とも書いている。特攻に「志願」したはずの多くの人びとが、出撃の時間までどれだけ苦しみ悩んだかの一端が、軍の心理調査でさえ明らかにされている。

 にもかかわらず、同じ頃1945年5月20日、軍中央は世にも恐るべき特攻の威力増大策を平然と語っていた(大本営海軍第一部長より海軍省などへの要望書)。

 @特攻攻撃により爆弾を(飛行機とそして搭乗員もろとも)敵艦船の水線下に確実に命中させる方法。A特攻機突撃時、攻撃機の翼を切断し速力を急増、敵の防禦砲火と戦闘機による被害を局限し併せて撃速を増大し命中効果を大にする。B頭部V爆弾(炸裂威力増大のため特別に工夫した内部にV状凹みのあるもの)の実験を至急完了し実施部隊に供給する。C炸裂威力助成剤の実験・・・・・・など。


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 以上は1975年8月刊行の『防衛庁戦史』からの引用である。引用者の森本忠夫(『マクロ経営学から見た太平洋戦争』<PHP新書>は書く。「一体このような飛行機に乗せられるのは誰なのか!? こんな飛行機を作れと要望した大本営海軍部の参謀たちなのか?」と激しい怒りを吐露して詰め寄り、同『防衛庁戦史』が続けて「中央当局の努力にもかかわらず・・・・・・終戦までに具体的に搭乗員の崇高なる特攻精神にふさわしい威力を具備した特攻機は出現しなかった」とまで残念がる人間無視の言説を紹介、戦後30年に防衛庁関係官が書いている言葉として、「いまもなお、無批判かつ無神経な旧軍の恐るべき倒錯した価値観」と糾弾する。全く同感である。

 この防衛庁が防衛省に昇格し、自民党の新憲法草案では「自衛隊」の「自衛軍」昇格を予定しているとき、彼らのなかに旧特攻の悲惨を逆に賞揚する価値観が潜んでいることを忘れてはなるまい。

 
 特攻は決して過去完了のテーマではない。


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