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zoom RSS ふるさと福島に思い 合唱団この灯

<<   作成日時 : 2013/04/20 07:39   >>

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 東京電力福島第一原発事故で、故郷の人々が町を追われた経験を風化させたくないと、東京の合唱団で活動する福島県出身の女性が創作曲を作詞した。タイトルは「私が育った街」。「これ以上、悲劇を生みだしてはいけない」との願いを詞に込めて。(「東京新聞・4月19日夕刊ー橋本誠記者)

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       人いない町 花は何思う

 作詞したのは、東京を拠点に活動する「合唱団この灯(ひ)」で、アルトを担当する角田陽子さん(57)=葛飾区。角田さんは十八歳まで福島県小高町(現・南相馬市小高区)で過し、その後は東京で暮らしている。
 小高区は一年前、立ち入りできない警戒区域から、避難指示解除準備区域に再編された。角田さんはその時、仙台市に避難していた兄と、実家に一時帰宅した。
 途中で通った飯館村に人の姿はなく、民家の庭に咲くチューリップは主(あるじ)を待っているように見えた。兄家族が生活していた実家の台所は、洗いかけの食器が置かれたまま。近くの小学校も、卒業式の紅白の幕が当時のまま残っていた。


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      「これ以上悲劇生まないで」 

 二十周年の演奏会を開く合唱団の呼び掛けで詞を書き始めると、幼いころの思い出がよみがえった。春祭りで手にしたひよこ、菜の花、カエル・・・。「どこにもある小さな町で暮らしていた人が、町を追われた。たまたま福島で原発事故があったけれど、日本中に危険はある」と角田さん。「人ひとりいない街はなたちは何を思って咲いている」と、帰郷時の様子をつづった。
      
       ふるさとに心寄せて四曲も

 合唱団は、東日本大震災と原発事故の被災者に心を寄せようと、ほかにも創作曲四曲つくった。「ふるさといつの日も」を作詞・作曲したテノールの吉田勝彦さん(56)=千葉県佐倉市=は「被災地に何の援助もできず、心苦しかった。故郷を離れた人に、いつでも帰れるふるさとがあってほしい」と話す。

 メゾソプラノの江森百合子さん=横浜市=は「ぼくはわたしは生きる」の詞に、親を亡くした子どもたちへのエールを込めた。メゾソプラノの愛久沢(あくざわ)トキさん(70)=江東区=は、公園で遊べない子どもを描いた「ぼく外であそびたいなあ〜」お、民謡の新相馬節を採り入れた「ふるさとは、今」を作詞。親戚が南相馬市から避難中で、「福島に心を届けたい」と願っている。

 
 創作曲は21日、すみだトリフォニーホール(墨田区)で開かれる合唱団の20周年演奏会で披露される。チケットは完売という。

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