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zoom RSS 「生命を生きる」歌詞 牛山鈴子

<<   作成日時 : 2014/06/15 05:12   >>

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今年の3月10日、墨田区で開かれた「空襲体験を語りつぐお話のつどい」。そこで歌われた新曲「生命(いのち)を生きる」の歌詞をご紹介します。作詞者は東京大空襲犠牲者遺族会の事務局長、そして自らも「合唱団この灯」に属しソプラノを担当する牛山鈴子(れいこ)さんです。

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   「生命(いのち)を生きる」 歌詞  牛山鈴子

1945年3月10日、東京に空襲があった。2時間半で10万のいのちが奪われた

1.コッペパンを握って死んだ妹 いまでも8歳
  笑うと八重歯が光っていた いまでも8歳
  あれから68年
  毎日コッペパンを仏壇に供えて 妹を想う
  まさおは80歳 あの日を忘れない


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1945年6月10日と7月7日、千葉で空襲があった。ひろ子は、東京と千葉で空襲をうけた。 

2.「ちゃあちゃん ぽんぽ痛いよ」妹の残した最後の言葉
  母の背中で爆撃をうけて死んだ妹 3歳
  12歳のひろ子の背中で爆撃をうけて死んだ弟 4ヵ月
  2人の生命を99歳まで生きた母


●ゆみこは”語り部”となって、小学校で空襲の真実を語っている。

3.「昭和19年11月25日生
  昭和20年3月10日死亡」
  たった2行が妹の生きた証(あかし) わずか3ヵ月
  空襲で死んだ父、母、妹の生命を生きてきた由美子
  いま 72歳
  生命を語りつぐ営みが ゆみこの生きている証


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●日本は、あジア・太平洋戦争を起こし、多くの命を奪い、被害者をだした。

4.馬が死んだから 責任をとって死んだという
  天皇陛下の馬だから・・・
  人間より馬が大事という
  父は27歳だった
  ひっそり泣いていた母49歳までの生命
  戦争は決して許さない!
  今わたしは 70歳 父、母の生命を生きている
  明日(あした)も生命を生きていく
  未来に向かって生きていく


【写真説明】上・「生命(いのち)を生きる」を朗読する牛山鈴子さん。 下・東京大空襲訴訟団の一員として街頭で宣伝活動をする。


【合唱団この灯】
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