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zoom RSS 「生命を生きる」に寄せて 牛山れい子A

<<   作成日時 : 2015/01/15 05:39   >>

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「馬が死んだから 責任をとって死んだという 天皇陛下の馬だから 人間より馬が大事という 父は27歳だった」と牛山れい子さんは、呻くように、怒りを秘めて話しつづけます。「生命(いのち)を生きる」の第二話です。

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      戦局悪化で 国は学徒も動員 
 
 父は、1917(大正6)年10月26日、新潟県高田市(現在、上越市)で生まれ、東京帝国大学農学部に入学するまでは、高田市で幼年時代を過ごしました。高等学校時代に女学校に通う母親を見染め学生結婚をし、東京で新婚生活を始めました。
 1942(昭和17)年以降日本は、戦局悪化で戦死者が増加したため、戦力が不足していきました。
 そこで政府は、大学、専門学校などの就学年限を3ヵ月、6ヵ月と短縮する(繰り上げて卒業)ことを定め、在学生の徴兵を決めました。父も1942(昭和17)年9月に繰り上げ卒業をし、10月1日に「輜重(しちょう)兵第2聯隊(れんたい)補充隊第2聯隊」(軍馬を管理する部隊)に入隊しました。私が生まれたのは、その2ヵ月後の11月30日です。


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 すでに亡くなった作家の水上勉さんも入隊したところが「輜重隊」だったとのこと。「いくら働いても星は一つ、二等兵のまま」。「僕らは一銭五厘、役場に葉書を1枚出せばよかったが、馬は、全国から運賃をかけてくる。天皇の馬として烙印を押されると、実に時間がかかる。一銭五厘というわけにはいかない。人より馬の時代です」。と言っています。(「一滴の力水」水上勉さんと不破哲三さんの対談集から)
            (つづく)

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