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zoom RSS 満州・公主嶺小学校同窓誌 エピソード −11−

<<   作成日時 : 2015/09/10 06:23   >>

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終戦直後の一時期、つはもの会館に日本人が集結して、何日間か生活をしたことがある。一部屋に150人以上はいただろう。ある日、一人の露助(当時ソ連兵をこう呼んだ)が部屋に入ってきて、一番奥の母のところへツカツカと土足のまま近づいた。
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   略奪にとっさの機転
     木村晃子(旧姓高取・40回生)
 

 そして「立て、指輪や時計を出せ」という。指輪や時計は、生後八ヵ月の弟のミルク代に替わっていたので、「ニエット」と身振り手振りでいうと、母の体をなではじめ、腹部を叩く。母は観念して胴巻きをほどき始めた。恐怖でおののいていた私たちは、命が助かるならお金などいらないと思った。母が胴巻きを渡すと、露助は満足して出て行った。
 全財産を持っていかれて、この先どうなるのだろうと皆が
心配すると、母は、「大丈夫よ」といった。同巻きをはずすとき、モンペの両脇から手を入れ、高額紙幣を全部下に落とし、小額紙幣を少し残して、さも全部渡すのだといわんばかりにお芝居して胴巻きごと渡したのだった。モンペの足首がゴム入りなので、お金は畳の上に落ちずにすんだのだ。咄嗟の時よく機転が利いた、と祖母は母をほめた。

】「つわもの会館」戦後「訪中団」が写す。
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