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zoom RSS 満州・公主嶺小学校同窓誌 エピソード −15−

<<   作成日時 : 2015/09/16 06:08   >>

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敗戦翌年の3月ごろ、私の家族は藤井菓子店の2階に住んでいた。危険な生活の中でも何とか人間らしい生活を願う気持ちが少しずつ出てきて、町のどこかでは大福や桜餅が売られていたようだ。(515頁)

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    悲しみ秘めた雛祭り
      長池秀子(旧姓小原・35回生)
 

 そのころ、母は満鉄病院で付き添いをしていた田中作恵さんのたっての依頼で、ソ連兵を相手にする女性のドレスを何枚か仕立てた。
 ある時この気っぷのよいおばさんがまた訪ねてきた。そして洋服の端切れで細工をしていた私共に、「この服の子がロスケにピストルで殺されてしまった。奥さん! 本当にかわいそうな娘だよ」と云って泣いた。
 その夜、母と私は深い朱に紺で細かな菊が織り込まれているお召しのその布で女雛を、黒チリメンで男雛を、他三人官女と五人囃など十体の小さな雛を作った。翌朝これに白菜の芯から育て上げた黄色い菜の花を一輪添えた。41年前の雛祭りである。
 この哀しい雛たちを忘れたことはないが、華やかな緋毛氈の上に飾りきれずにきた。
 むしろお彼岸に供養してやるべき雛であったとこの年になって思うこの頃である。


公主嶺・満鉄病院
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