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zoom RSS 満洲・公主嶺小学校同窓誌 エピソード −17−

<<   作成日時 : 2015/09/19 06:27   >>

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昭和19年春、小学校を卒業した私は四平にある陸軍燃料廠(満洲第238945部隊)に付属する学校に入学した。日本からの学生が少なくなり、満州の子どもが募集されて私たちが初めて入学した。(517頁)

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   別れ別れのまま帰国
         阿部卓二(36回生)
 

 昭和20年、ソ連参戦後、宮城勲(36回生)らは家族が四平に迎えに来て公主嶺に戻ったが、私の家族は疎開列車で公主嶺を出たと聞かされ、私は部隊と行動を共にすることにした。8月23日武装解除され、16歳の私はシベリアに行った。おとなと同様に働かされ、帰国は23年である。
 父昇は農事試験場に勤務し、公主嶺に残っていた。この事を知っていれば、私は公主嶺に戻っただろう。父は21年7月公主嶺出発、錦州、コロ島をへて帰国している。母は兄(肇・34回生)と妹(栄子・38回生)をつれ、8月13日農試の家族とともに公主嶺を出発した。北朝鮮の新義州から入った南市で降り、平安北道龍川郡外下面南鴨洞で約1年。38度線を小さな舟で越えた。台風にあい、沿岸警備艇に追われ、引き潮の沖で舟を降りたら泥にはまり込んで身動きできなくなり・・・・・・筆舌に尽くし難い苦労をして21年10月帰国した。

農事試験場全景】昭和10年頃
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