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zoom RSS 満洲・公主嶺小学校同窓誌 エピソード −23ー

<<   作成日時 : 2015/09/28 06:57   >>

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昭和58年8月、第1回公主嶺友好訪中の旅で、公主嶺の我が家の前に立った時、啄木の「ふるさとの山に向いていうことなし ふるさとの山は ありがたきかな」の歌の心境そのものでした。よくぞ壊されず昔のままで残っていた、と涙が溢れました。

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     我が家の前に立ち涙
      木村晃子(旧姓高取・40回生)

 
 内部は大分改造されていましたが、二階の子ども部屋のスチームのラジエーターを見て、今も利用されているのだな、うれしくなりました。
 当時、店では人の出入りが激しいのでスチームと石炭ストーブの併用、二階は子どもが危ないのでスチーム、ベランダから通じる二階の離れはペチカと、暖房はいろいろでした。
 二重窓に凍りついた雪の結晶を見ながら、凍ったリンゴをかじり、クワズルを食べ、零下何十度の戸外の寒さを感じませんでした。夏にはそのラジエーターに乗り、兄妹で汽車ごっこをしました。
 垂直につながった鉄管に腕を巻きつけて、
 「ニーナーメンチー」
 「オー長春(チャンチュン)チー、キップください」
と遊んだなつかしい思い出のラジエーターでした。


第一次訪中団】昭和58(1983)年、成瀬幸夫さん撮影、満鉄医院前。
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