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zoom RSS 「私の戦後70年」東京新聞ー発言 H

<<   作成日時 : 2015/10/08 07:01   >>

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東京新聞が年間企画として、毎月第四金曜日に掲載の「私の戦後70年」の9月分。今回は熊谷に生まれた男性の回想。父親の過酷な樺太での抑留などの「戦争体験」を紹介しつつ、「戦争は人類最悪の罪である」と投稿を結んでいます。

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     抑留の3年余 生き抜いた父
          吉沢 功(73) 埼玉県熊谷市


 私に父は、私がまだ母の胎内で八カ月のときに陸軍に召集された。8月の暑い日だったという。間もなく誕生するわが子が男の子なら「功」と名付けよ、と言って入隊したという。
 父は砲兵隊の所属となり、召集兵だったからせいぜい上等兵の兵卒であった。アリューシャン列島のキスカ島に駐留し、北の守りについていたとのこと。戦史に残る無血の「キスカの撤退作戦」で南千島に転地していた時に、旧ソ連軍が参戦し捕虜となった。
 戦後は樺太にて抑留生活を強いられること3年有余。その生活は連日、木材の切り出しなどの強制労働だったと聞いた。作業途中で倒れて亡くなる人が続出し、夕方に戻るたびに仲間の人数が少なくなっていたという。
 父は板金職人だったことが幸いした。ソ連兵から現地のロシア人に仕事を教えてほしいと頼まれ優遇されたので帰れたと語っていた。
 私が住んでいた熊谷市も、終戦前夜の8月14日から15日未明に空襲を受けた。それでも私たち家族は生き抜いた。戦争は人類最悪の罪である。
 

   

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