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zoom RSS 昨日の「赤旗」のコラム・潮流は 原節子さん

<<   作成日時 : 2015/12/07 06:03   >>

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銀幕から消えて半世紀がたつのに亡くなってこんなに騒がれる女優も珍しいでしょう。先日、訃報が伝えられた”伝説の女優”原節子さんです。(しんぶん「赤旗」12月6日付ー1面下欄)

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▼各紙で特集が組まれましたが、本紙日曜版6日号に新しい発見がありました。原さんが1950年に核兵器禁止を求める「ストックホルム・アピール」()に署名していた、との記事です▼アピールには、女優の田中絹代さんや高峰秀子さんも署名しています。戦前、戦意高揚の国策映画に駆り出された原さんがどんな思いで署名したのか。それを知る手掛かりはありません。しかし当時の映画人が、”もう戦争はこりごり”との思いを映画に託してきたことだけは間違いないでしょう▼原さんと多くの名作でタッグを組んだ巨匠・小津安二郎監督もその一人。代表作「東京物語」(53年)で原さんが演じたのは、夫を戦争で亡くした妻の役でした。将来を案じる義母が再婚を勧めますが、「いいんですの。私、年をとらないことに決めてますもの」とやんわり否定。その夜そっと布団の中で涙を流します▼恐らくこんな光景は、当時、日本のいたるところで繰り広げられていたのでしょう。山田洋次監督の新作「母と暮らせば」でも、原爆で息子を亡くした母と息子の恋人との間でそんな会話が交わされます。最愛の息子を亡くした母の悲しみ。葛藤を乗り越えて息子の恋人の幸せを願う精神の崇高さ▼小津監督は「人間を描けば社会が出てくる」と。切なく温かく普遍的な物語です。
【注】ストックホルムアピール=1950年、スウェーデンの首都ストックホルムで採択された世界平和宣言。核兵器廃絶を目指す世界的なアピールだった。日本でもこれに呼応、署名運動が東京・杉並区の婦人の中から始まった。慶応大学の学生だった僕たちは「杉並に習え」と田町駅(当時の国電)前で署名運動を旺盛に展開したことが思い出される。
■12月6日付「赤旗」日曜版
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