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zoom RSS 新 満洲・公主嶺小同窓誌 エピソード −10−

<<   作成日時 : 2015/12/08 06:24   >>

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昭和16(1941)年12月8日月曜日、私は5年生でした。その朝、ラジオは軍艦マーチに続いて「本8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」のニュースです。私はとび起きて、寝ていた父を起こし「お父さん、アメリカと戦争になった。ラジオで放送している」と言いました。

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    「天佑ヲ保有シ・・・・・・」
       千葉淑子(旧姓有川・35回生)


 朝食の時も学校でも、皆何となく興奮していました。
 四時間目は体操で、いつものように校庭でスケートをしていると、「宣戦の大詔が・・・・・・(この後は記憶がないのです」、職員室の前に集まれ」とのこと。
 私は職員室の中を覗きました。


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 「前線の大将ってどこにいるの」
 先生方しか見えない職員室を見て、友だちとささやき合いました。「宣戦の大詔」を公主嶺が軍隊の町であったために、前線から偉い大将が見えて、何か訓示をされるのかと思ったのでした。「天佑を保有し・・・・・・」の大詔を聞き、戦争が始まるときには詔勅が発せられることを知りました。
 その後毎月八日は大詔奉載日として、お弁当は日の丸弁当(ご飯に梅干し一つ)になりました。因みに12月8日は私の誕生日なのです。

【追記】1980年の今日はまた、ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で凶弾に倒れた日でもある。かれは「イマジン」で平和をうたった。
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