満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 戦後70年 「平和の俳句」 東京新聞 ー51−

<<   作成日時 : 2015/12/20 06:58   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「平和の俳句」も今年のラス前、今回で51週目。後一回で最初の年を越え、次の年を迎えることになる。さあ、ラストヘビー。恒例の冒頭の一句は、12月18日付の今月の「特集」の中から栃木市の手塚弥太郎さんの一句を紹介しよう。

画像
    米百俵供出してもイモ食べて
       手塚弥太郎(79) 栃木県栃木市

 
 私の生家は町一番の大きな農家で、太平洋戦争の敗戦前後でも百表余りの米を供出していた。家族の分は配給と同量を取り、残りは救出せよという指導を父は厳格に守っていた。毎朝起きると皇居に向かって最敬礼する父にとって、お上の命令は絶対だった。家族の食事は稗やサツマイモのつるならいい方で、毎日兄弟七人が野草を採りに生かされた。カボチャのつるも細かいトゲをこすり取って塩ゆでしたが、筋ばかりで食べられたものではなかった。戦争と強制はこりごりだ



終戦日母の行水まぶしくて 小田哲之亮(75) 千葉県市川市 2015・12・13

】<金子兜太>平和になった日の母の行水は、殊に「まぶし」かった。うれしくて解放感いっぱいの肉体。いつまでも、あの日の行水の母が見たい。

泣かないと決めた八月十五日 三崎 賢二(76) 三重県桑名市 2015・12・15

】<いとうせいこう>どのように日本人が敗戦し、どのように立ちあがって平和な大国となっていったか。原点をしっかり見つめ直す力強い一句である。

正門前九条となりて人は経つ 坂入 祥次(66) 茨城県阿見町 2015・12・16

】<いとうせいこう>確かにそうだ。平和のための抗議を行う時、人は拠って立つ概念の化身となる。一人の個人が歴史をに貫かれる。その感覚が旬に。

兜太は平和で淘汰は戦争 斉藤 功(72) 愛知県豊橋市 2015・12・17

】<金子兜太>うまい句だ。名前を捩って、人を上げたり下げたりするのは珍しくないが、淘汰は生存競争だが、兜太本人は平和。これはうまい。

向日葵は終戦の花君の花 倉橋 千弘(76) 浜松市西区 2015・12・18

】<いとうせいこう>作者五歳の時、隣家の娘さん三歳が撃たれて亡くなったそうだ。終戦の日、向日葵が咲いていた、と。素直だからこそ響く。言葉が句になる。

2015年9月19日心に刻む 笹沼 良子(64) 埼玉県上尾市 2015・12・19

】<金子兜太。この日、安保法が国会を強引に通過した。憲法九条の専守防衛を集団自衛に焼き直そうとする危険を冒すもの。素直果敢な句・

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
戦後70年 「平和の俳句」 東京新聞 ー51− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる