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zoom RSS 新 満洲・公主嶺小同窓誌 エピソード −19−

<<   作成日時 : 2015/12/28 06:06   >>

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建国10周年に来満された高松宮様が公主嶺駅を通過されるので、私たち6年生がお迎えすることになり、ホームに整列したのは昭和17年5月末であったろうか。(428頁下段)

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   廊下に立たされた日
    井篦加代子(旧姓馬渕・35回生)

 
 暫くの間は行儀よく立っていたが、列車が一向に来ないので退屈し始めた。ポケットに手を入れたらお手玉があったので、二、三の友だちと列の後ろに抜け出して遊ぶことにした。
 「じゃんけん じゃがいもさつまいも」「あいこでアメリカヨーロッパ」「しょしょで証浄寺のお坊さん」と順番をきめて、お手玉を始めた

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 そのうちに先生がいつの間にか側に来られて、有無を言わさずお手玉を取り上げられた。教室に帰ってから、「誰のか。前に出てこい」と言われ、私はおそるおそる前に出た。日頃は柔和な篠原先生も赤鬼のようだった。一緒に遊んだ友だちも同罪で、薄暗くなった廊下に立たされた。
 廊下に立たされたのは、この時だけだ。じろじろと眺められ、こそこそと囁かれたりした。穴があれば入りたい心境とはこのことだ。とその時つくづく思ったことだ。ほろ苦い思い出ではある。

【注】1932(昭和7)年に満洲国が建国され、1942(昭和17)年は建国10周年であった。満洲国から日本に対し謝恩使節として、国務総理・張景恵ほか24人を3月に派遣した。5月26日、高松宮宣仁親王殿下が来満され、新京での諸行事を済まされ、6月3日帰国された。(本文389頁)

蛇足】その際、公主嶺は通過した。当局は子どもたちをホームに直立不動の姿勢で立たせ、列車が見えると最敬礼、通過し列車が見えなくなるまで頭は垂れたままだった。今からみれば滑稽な話だが当時はそれが当たり前、何とも思わなかった。なにせ、天皇の弟君だったからだ。

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