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zoom RSS 新 満洲・公主嶺小同窓会誌 エピソード −34−

<<   作成日時 : 2016/01/27 07:16   >>

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私の父は大正10年独立守備隊を除隊し、公主嶺駅に勤務、昭和20年8月家族と共に引き揚げるまでの27年間公主嶺にいた。私は菊地町北公園西社宅で生まれ、母、姉(瀧子・27回生)の4人家族で、9歳まで近くの杉浦寛成君(36回生)と姉上の富子さん(34回生)とよく遊んだものだ。

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    少年のころの思い出
         長谷川 優(35回生)

 
 近所には正文堂印刷、垣見畳店、四道歯科、農試畜産部社宅があり、丹宗家の新築落成時の餅まきをよく覚えている。半地下式の鶏舎を作り鶏を飼ったが鼬(いたち)にやられ、父が怒っていた。
 
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 その後楠町に移ったころは悪戯盛りで、満鉄農園にスイカ割りに行って捕まり、父が謝ったらいいが、私には叱らなかった。南側にあった満鉄の共同浴場で遊んだこと、公園でチョッコンベースをしたことなど、なつかいい思い出だ。
 5年生の時、同期の家木、茂利、二神君らと一緒に、新京商業で開かれた全満中等学校スケート大会を見た。茂利君兄さんが5千メートルで新京商業代表で優勝した。この時の印象はとても強烈である。
 同窓会で同窓の人たちらと再会するのを楽しみに、あもころのことをよく思い出す。

】新京商業は、当時新京の中等学校としては一番古く、僕の三兄、四兄は同校の卒業生。戦後、同窓会は「白雪会」と称した。

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