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zoom RSS 戦後71年 「平和の俳句」 −5−

<<   作成日時 : 2016/01/31 10:07   >>

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戦後71年、1月も早、5週目となった。今週の句の特徴は、従来なら「これが俳句?」と疑問符を投げかけたくなるような句が多い。しかし平和への思いは、作句の慣例などを超越しているから胸にズシンと響く。今回の冒頭の一句は特攻隊関連のものを。

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  特攻の茜(あかね)に染まるレイテ湾
       山田 頼憲(84) 東京都東村山市
 
 
 いとこ二人がフイリピンのレイテ湾で特攻死した。一人は台北の自宅を訪ねてきて、当時珍しかったウイスキーポンポンをくれたという。「もう会えない」という言葉をはっきり覚えている。数日後、戦死が伝えられた。

    吾子愛し無念の飛行知覧の空
        深町 幸栄(70) 東京都北区


 父は昭和19年秋、母と生まれたばかりの私を残して、特攻隊の基地があった鹿児島県の知覧の空に散った。戦闘機の操縦士になる訓練中に落下傘が開かず、墜落死したのだと祖父から聞いた。商人だった父は優しい人だったというが、母と赤ん坊の私を抱く軍服姿の写真しか偲ぶものがない。一昨年特攻平和会館に行き、隊員の遺品の数々を見て言葉をなくした。 (「平和の俳句 特集ー東京新聞6月24日付)

◆沖縄を僕は支持する君どうする 宮川一樹(67) 兵庫県伊丹市 2016・1・24

】<金子兜太>沖縄の意思決定を蹴とばして行動する政府に原が立つ。沖縄を犠牲にするな。 <いとうせいこう>問いを突きつける句。答えを要求する句。連帯を呼びかける句。

◆武器を捨て言葉を使い話し合え 佐々木俊平(14) 愛知県弥冨市 2016・1・25

】<金子兜太>作者は14歳。若者がこの意見を端的に言い切ったことがうれしかった。か遠方9条もこれを望んでいるのだ。平和に道多し。

脈拍が一分(いっぷん)七十二の平和 宮司孝男(64) 静岡県湖西市 206・1・26

】<いとうせいこう>静かに淡々と打つ鼓動。その総数が寿命を決めるともいう。平和は長生き。 <金子兜太>平和なときの自分の脈数は一分間に七十二回。俳句に詠い込んで忘れないぞ。

◆憲法と同級生なり菊香る 高野菊枝(69) 石川県中能登町 2016・1・27

】<金子兜太>作者は憲法公布の菊香る1946年秋に誕生し、同級生の誇りをもつ。いたずらな改憲には反対なのだ。いまのとき、この句を叫ぶ。

◆青空の下でわたしはただひとり 武藤 伊呂波(12) 岐阜市 2016・1・28

】<いとうせいこう>これを「平和の俳句」として読むと不思議な感慨がある。一人の「わたし」の爽快さが、その取り換えようのない尊さが、平和。

◆シベリアの春に頭を垂れる祖父 位田仁美(64) 名古屋市中川区 2016・1・29

】<金子兜太>祖父もシベリア抑留の労苦を体験している人かもしれない。あるいは思いやっているものか。とにかくひどい状態だったと聞く。

◆戦争よ過去の廊下に座り込め 十亀弘史(71) 東京都江戸川区 2016・1・30

】<いとうせいこう>渡辺白泉の句の中で「廊下の奥に立ってゐた」戦争へと呼びかける。そこで座り込み、へたり込んでしまえと。そのままチリとなり、消えよ。

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