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zoom RSS 新 満洲・公主嶺小同窓会誌 エピソード −21−

<<   作成日時 : 2016/01/05 05:07   >>

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私の住んでいた陸軍官舎の隣に和風荘という飛行隊の下士官級独身者の宿舎があった。この寮のまわりには赤錆びた鉄条網が張りめぐらされていて、子どもの足でも容易に踏みつけてくぐり抜けることができた。(429頁下段)

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    帰ることなき出発
       林 愛子(旧姓吉田・35回生)

 
 寮の兵隊さんから帰ると母が「曹長さんが転勤するんだって・・・・・・。この熱いお茶とお菓子をもってお別れしてきなさい」といったたちも針仕事があるとその鉄条網をくぐり、そっと私の母のところへ頼みに来たり、夕食の支度をしている時に、「天ぷらの匂いはたまらん」といってお皿をかかえて走ってきたりしていた。

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 ある日、私が学校から帰ると母が「堤曹長さんが転勤するんだって・・・・・・。この熱いお茶とお菓子をもってお別れしてきなさい」といった。
 私は鉄条網をくぐってお別れに行った。布団を焼いたのか綿の臭いが鼻をつく。そっとドアをあけた途端、大きな肩をを震わせ、一枚の写真を片手に泣いている堤曹長の姿がそこにあった。私は驚いてそのまま帰ってきてしまった。
 その夜おそく、どこかへ飛び立っていかれたらしい。ずっとあとになって、あの日のことが分かった。戦死を知らされてから。
 
】公主嶺には町の北西2キロに飛行場があった。昭和10年ごろは人員1041名、九三式重爆24機の陣容で、関東軍としては有数の飛行隊であった。また、昭和18年ごろは、戦闘機は隼、爆撃機は呑龍、新司令部偵察機などが飛翔していたのを記憶している。

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