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zoom RSS 「10月になると思い出す」 学徒出陣

<<   作成日時 : 2016/10/21 07:19   >>

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 今日は10月21日。1943(昭和18)年のこの日、昭和初期の世代の人なら忘れもしない小雨降る神宮外苑での「学徒出陣壮行会」。参列した学生たちのうち何人がふるさとに帰ってきたでしょうか。紙一重で生還を果した人たちも、生きながらえていれば90歳を過ぎ、もうほとんどの人が黄泉の世界に逝ったことでしょう。

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   彼らの願い、思い 語り伝えたい
 
 10月になると必ずといっていいほど思い出します。昭和の戦争史を振り返ってみましょう。フイリピンはレイテ湾方面に日本の未来を思い、若者たちが帰りの燃料のないゼロ戦に搭乗、特別攻撃隊のさきがけととして突っ込んでいったのが1944(昭和19)年10月25日と言われています。学徒出陣から1年目のことです。
 私の兄、利則も同年12月15日、神風特別攻撃隊・第七金剛隊の一員として戦死。21歳でした。

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     死ぬことだけが唯一の選択肢 

 手元に彼の同期生(昭和18年8月、113期海軍飛行予備学生として志願、土浦・三重航空隊に入隊)たちが、戦後間もなく編集・発行した遺文・遺稿集(「雲ながるる果てに」)があります。ほとんどの遺文は母を慕い、妻をいたわり、子たちをはげまし、この国を行く末を思いやるものばかり、心に迫ります。
 詠むほどに彼らの悲哀が伝わります。彼らの多くは気負いもなく、淡々として、当時の若者としては死ぬことだけが唯一の道、ほかに選択肢のない道程を踏んで言ったのです。ごくごく普通の一人の男として・・・。


 若者がたどったあの戦争の象徴的なイベントが行われた日のことを、あれから70年余、マスコミは殆どふれません。ペンを銃に持ち替え、死地に赴かされたこの痛恨の事実はもう風化してしまったのだろうか。であっても、追い続けなければと思うばかりである

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