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zoom RSS 満洲・公主嶺小学校37回生の歩み −5−

<<   作成日時 : 2016/10/22 06:25   >>

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■その6
 1991(平成3)年10月19日、山形県赤湯温泉「丹泉ホテル」で、21回目の同期会が開かれた。折悪しく、山形ミニ新幹線の工事のために列車の便が悪かったが、JR奥羽本線の関根駅に降りることなどは、二度と得がたい体験であった。
 当日は幸い、好天に恵まれて、実り豊かな東北の自然を満喫した楽しいクラス会となった。岩森亘、叶多嘉子、矢作貞次郎の各先生、特別参加の伊藤聖さん(33回生)はじめ、生徒は男子8人、女子11人の計23人が、北は北海道釧路、南は九州長崎から参加した。
 翌20日はマイクロバスで熊野神社へ。「南陽の菊人形」は大正元年に始まったそうで、今年で第79回とか、歴史の重みを感じさせられた。

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 昼食をとった上山市楢下宿「丹野こんにゃく」番所の、こんにゃくだけで9品もある見事な本懐石膳は「これがこんにゃく?」とおいしくて、大好評だった。この店は3か月前に予約しないと席がとれないそうだ。午後は「斉藤茂吉記念館」を見学して、明治15年にこの地で生まれた偉大な歌人の業績をしのんだ。クラス会は山形駅でいったん解散し、山形市内一泊組み12人は「ホテルオオヌマ」に泊まり、カラオケを十分楽しんだ。
 敗戦時、山路郷開拓団から公主嶺に避難され、再開した日本人学校で教鞭をとられた矢作先生が「奥の細道」の俳人松尾芭蕉と弟子たちの装束を6人分用意して、お元気に出席され、うれしかった。幹事の坂斉悠君、ありがとう。(中村裕将)

】上写真 昭和14年秋、37回生が1年生の三森学級のときのもの。楠公像の前は新校舎で最もよい撮影だった。 筆者の中村裕将君、自宅が鮫島通りの真前にあって、「睦屋」といった。無二の親友であり足しげく通い遊びほうけたことを記憶している。

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