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zoom RSS 映画・「ソ満国境15歳の夏」と新京1中生

<<   作成日時 : 2016/12/19 05:53   >>

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 あの年の夏、僕も満洲・新京第1中学の1年生(13歳)だった。4月に入学して驚いたのは、広大な敷地に超豪華な佇まいの校舎。それに4・5年生が不在であったこと。ところが5月半ばになると3年生がほとんど見当たらなくなった。噂では、勤労奉仕で北満の東寧というところに行っていると聞かされていた。

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     対ソ戦にそなえて少年も動員 

 戦後まもなく開かれた新京第1中学校の同窓会(第一陣会)で当時の3年生から「東寧」での過酷な勤労奉仕の様子を聞かされ驚いた。米作のための田んぼ作りといいながら、対ソ戦にそなえての「戦車壕」堀だったこと、そして8月、ソ連参戦による牡丹江→新京への逃避行のすさまじさを知らされて衝撃を受けたことがある。
 昨年、このことが体験者田原和夫さんの手記をもとに、松島哲也監督、夏八木 勲さん(これが遺作)らの出演により映画化、各地で上映会がもたれ好評を博しているという。この12月15日付の「日中友好新聞」一面のコラム「南船北馬」が、これらの流れを次のように書いている。紹介しよう。

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 田原和夫氏原作『ソ満国境15歳の夏』が映画化、今各地で上映会が静かに進行中である。関東軍の命令一下、東寧の報国農場に動員された新京1中3年生126人の宿営地はソ連との国境わずか1`。軍の約束とは裏腹の過酷な待遇▼ソ連参戦。軍からも農場関係者からも見捨てられ、飢えと渇きにさいなまれながら牡丹江への徒歩行200`。結束して新京をめざす▼原作も映画も人びとの記憶に永遠にのこるであろう。当然にも、亡くなった4人の生徒を含む126人全員に「私の15歳」がある。11月23日、日中友好協会京都府連の上映会。そのお一人、高橋羊三氏が縁談に立たれた。86歳、カクシャクたるもの。スライドに映される自作の版画が克明に全工程を刻んでいる▼凍える生徒に救いの手を差しのべる石頭村の貧しい農民たち。「生き返った」。官舎の言葉が聴衆の心にしみわたる▼新京帰着後、ダメージで半年間寝込む。引き上げ。家路への広島、大阪の参状に立ちつくす。「戦争を知らない政治家たちが軍備増強、憲法改正を叫ぶ。これを許してはならない」。新京1中元生徒の毅然たる言葉に満場が感動に包まれた。(山) 

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