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zoom RSS 戦後72年 「平和の俳句」 −8−

<<   作成日時 : 2017/02/26 06:19   >>

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 「平和の俳句」2月最終週。東京新聞は二ヵ月に1回、「選外佳作の句」を当該部の記者が選んで、特集版で披露している。今回は次の3句をここで紹介する。選者は社会部長の瀬口晴義記者。(2月23日・9面)

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  大連埠頭引揚げ前夜のロシア粥     
         大田 泰(86) 東京都杉並区

 
 終戦後、日本の租借地だった大連にもソ連軍が進駐してきた。鉄条網が張られた広場に、武装解除された関東郡の兵士が待機させられ、数日で姿が消えた。作者の家族は一年半以上留め置かれ、昭和22年1月末に日本へ引き揚げた。最期に食べた缶詰の魚肉が入ったような粥の味が忘れられないという。

   アルバムの茶色い戦争父がいた                       
      松岡 和義(72) 東京都日野市
   
   ビルマから戦友の遺品とマラリアと                      
      増田 靖夫(75) さいたま市見沼区


雪きれい世界中に降るならば 小川真菜(16) 愛知県小牧市 2017・2・19

】<金子兜太>もちろん熱帯で雪は降らない。だが、地球を覆ってまんべんなく降るならば、雪の美しさを世界中の人が楽しめるはずだ。いや、かならず美しい。

折鶴を折ったその日が平和デー 村本与一郎(80) 金沢市 2017・2・20

】<いとうせいこう>仰々しい儀式の一日ではない。例えば心をこめて鶴を折り、平和を祈ったらそれが各自の平和デーなのだ。つまり毎日がそうなのだ。

電話なる出方も知らぬ婆々ここよ 稲本八重子(81) 愛知県江南市 2017・2・21

】<金子兜太>平和な毎日がつづき、電話が鳴っても出方を知らない81歳のおばあさんが、ここにいる。幸せなことよと思う。長生きすること請け合い。

生きとるで全てに優る挨拶や 岡本蓉子(59) 東京都新宿区 2017・2・22

】<いとうせいこう>確かに電話などでこんなふうに言っている人は多いだろう。慣用句のような言葉の奥にある意味を再確認してきた作者の素直な一句だ。

百歳は平和の俳句を道連れに 黒柳喜久雄(76) 愛知県蟹江町 2017・2・23

】<金子兜太>平和である限り、百歳は通過点ですよ、と作者ははっきり言う。道連れは平和の俳句。口笛のひと節。

昔なら兵士の齢療法士 竹内昭子(86) 名古屋市緑区 2017・2・24

】<いとうせいこう> 自分のリハビリを指導してくれる若者を見て、ふと昔ならばと考える。彼らは戦死した兄と同じくらいの年だと。平和のありがたみ。

防空壕生きる原点ここにあり 松下洋子(72) 静岡県磐田市 2017・2・25

】<金子兜太>作者は72歳。昭和20年、敗戦間近の防空壕に身重の母とともにその体験を母から聞かされている。母はいま認知症だが、貴重な体験だ。

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