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zoom RSS 戦後72年 「平和の俳句」 ー11− 

<<   作成日時 : 2017/03/19 08:06   >>

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 3月の第3週シリーズ「平和の俳句」。3月10日の紙面で「東京大空襲 読み継ぐ」と題して特集が組まれています。。2人の体験者から寄せられた忘れることのできないあの大空襲。今回は東京・足立区の宮本勝子さん(76)の一句を紹介します

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    ◆今もって低い爆音B29!!
            宮本勝子さん(76) 


 ゴォーという音が空から聞こえると、ほんの一瞬、体が硬くなる。東京都足立区の宮本勝子さん(76)は今でも、飛行機やヘリコプターの音に反応してしまう。4歳で空襲を体験した。鶏肉店を営む両親と二人の姉、兄との6人家族で、深川(現江東区)で暮らしていた。
     
      飛行機の音 消えぬ恐怖 

 あの夜は店の土間にいた。焼夷弾が屋根を突き破って落ちてきた。不発弾で命拾いしたが、3軒隣に落ちた焼夷弾から火が燃え広がった。自宅も、近くの銭湯もそば屋もみんな燃えてしまった。
 1歳上の兄の手を引く母に背負われて逃げたことを、かすかに記憶している。川にしたいがたくさん浮いていた情景が思い浮かぶが、これは自分が見たのか、後に誰かから聞いた話なのか・・・。はっきりしない。火が収まった後、家の近くで水道の蛇口から流れていた水を、欠けた茶碗ですくって飲んだことだけは確かだ。
 頭の中の記憶はおぼろげなのに、飛行機の音で体が戦争を思い出す。「これだけ年を取っても恐怖は消えない。そんな思いは誰にもしてほしくない」(石原真樹)


松の傷残りしままに寒の入り 隅谷 順(91) 金沢市 2017・3・12

】<岸本葉子>戦争末期、松の油を採取し、航空機の燃料の不足を補おうとした。寒々としたその跡も、語らなければ愚行とともに忘れられてしまう。

◆■■■■■ ■■■■■■■これが平和か 清正 崇(45) 東京大田区  2017・3・13 

】<いとうせいこう>伏字だらけの文書が国会でまかり通る。それなら俳句も、というわけ。下の七音が字余りだが、それでも訴えたかったのだろう。

白梅や学問を捨て捧げしか 伊藤 斉(76) 浜松市中区 2017・3・14

】<岸本葉子>学ぶ意欲に富み、未来に富んでいたはずの若者の多くが、学徒出陣により兵となり命を失った・白梅の高潔さ、香り高さが胸に迫る。


あの年も酉年だった平和の日 木幡雅好(81) 福井県あわら市 2017・3・15

】<岸本葉子>干支の巡りが時勢の回帰と重なり合い、危機感を新たにさせる。<いとうせいこう>終戦の年の感慨を、81歳の作者が語る。平和の訪れを願って。

沖縄や子宮の痛み抱くごとく 稲塚君代(70) 愛知県江南市 2017・3・16

】<いとうせいこう>自らのこととして受け止め、それどころか最も大切な生命の起源の場所を感じる。それは薄っぺらな同情などではないつながりだ。

戦病死ほんとは飢死だ僕の父 澤田 洋(74) 埼玉県鶴ケ島市 2017・3・17

】<岸本葉子>悔しいなどの形容がないことがかえって率直に胸を打つ。 <金子兜太>太平洋戦線での餓死者は百数十万ともいわれる。知らされず。 <いとうせいこう>英雄とたてまつるならば真実を知らねばならない。合掌。

雪の日は学童疎開を夫(つま)語る 最上智恵子(78) 東京都日野市 2017・3・18

】<岸本葉子>雪の日は寒さ、ひもじさ、心細さもひとしおだっただろう。記憶の去らぬ悲惨と同時に、この夫婦の今の安寧を壊してはならぬと思う。

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