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zoom RSS 「本土初空襲75年」 東京新聞 読者部だより

<<   作成日時 : 2017/04/18 05:16   >>

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 11日TOKYO発「本土発空襲75年」の記事を読んだ方々から、「私もこの空襲を経験しました」という反響を数多くいただきました。一つ一つが、貴重な歴史の記録といえる内容でした。(4・13−東京新聞)

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     歴史の継承 支える声
 
 「国民学校5年生で、あの日は土曜日、掃除当番だったので学校におり、校庭で同級生と話していたら、爆撃機が飛んで来た。爆弾が落ちた民家は通学路のすぐそばにあって、数日後に見た。=埼玉県蕨市男性(86)
 「浅草竜泉寺の乾物屋に、生まれて初めての一人での買い物に出掛ける途中、上野方面より超低空で飛び去る期待を見た。千住の方でドドンと2,3回、音が響き、空襲警報が鳴り響いた」=東京都町田市男性(80)
 「家から八百bほどの所に爆弾が落ちた。親に『近づいちゃいかん』と言われた。死を目前に感じた=東京都台東区男性(80)

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 取材した元ワシントン特派員の岩田仲弘記者によると、べいこくでは現在もドーリットル空襲の記念式典が行われていますが、その名を知らない米国民も多いそうです。
 地元の荒川区では語り継ぐ活動が続いていますが、広く知られているとは言えません。本紙は毎年、東京の忘れてはならぬ歴史として、本土発空襲関連の取材をしています。風化させてはいけない歴史を未来へ継承するのは新聞の役割です。それを支えるのが、読者の声です。(読者部長・榎本哲也)

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ドーリットル空襲
 太平洋戦争開戦後の1942年4月18日、米軍が初めて行った日本本土空襲。ドーリットル陸軍中佐率いるB25爆撃機16機が千葉県の犬吠埼沖1150`の洋上に浮かぶ空母「ホーネット」から出撃。最も多くの犠牲者を出した東京のほか、横浜、横須賀、名古屋、大阪、神戸など全国各都市を爆撃した。爆撃隊は機銃掃射も行い、多くの民間人を含む87人が死亡、400人以上が重軽傷を負ったとされる。ウラジオストックを目指した1機を除く15機が中国に飛び去ったが落下傘脱出や不時着で全機が破損した。

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