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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 P

<<   作成日時 : 2017/06/09 06:39   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会 会長 小松光治(昭和21年8月22日 記)

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27、使役の供出 
 在満各地の日本人の最普遍的に強課せられたるは中蘇両軍、官が敗戦国民に対する使役の強制供出にして男子18才以上50才(実は57,8才に及ぶ)迄は殆ど全部動員の外なく賃金は支払いを口約するも大半は払わず而も中国労働者賃率の半額を標準とせられたる為、無産者、困窮者は全額支払はれても尚生活困難なれば是等は何れも民会に於て代払いをなし婦人と雖も八路時代前記特志看護婦の外軍服調整女工供出一日二百名を強要せられ男女供出の場合留守宅に強盗の侵入多く漸次出役数減少すれば、民会幹部は叱責を蒙り之が調節に非情なる苦心を要したり、殊に終戦直後日本人に依り便所の汲み取りを命ぜらることにして在満40余年便所の汲み取り、汚物掃除は只満系の仕事と思い込みたる日本人何人も之に応ぜず色々宥め欺かして開拓団の請負はしめたるがこの憐れなる姿を最初に見たる吾々は断腸の思いあり心ある中国人も昨日に変わる此様を見て若干のチップを呉れたるが如し、此の間蘇軍は日本人の窮状に同情し賃金の代償として自己の没収掠奪したる石炭、雑穀及び雑品(中には番茶、梅干、砂糖)を呉たることあり、但し之には相当の工作を要したるが数量等頗る大雑把にして此の点大いに助けられたる訳なり。
 以上過去11ヶ月に亘る使役供出の跡を見るに蘇軍、八路軍、中央軍共実際作業量を見ず只何でも多数の使役を命せらるるに困却せり、終わりには米請負的になし余剰労力を中国民間労働者に向けたり、彼等民間雇主は百二、三十円或いは重労働には五、六十円を支払い且つ昼食を賄うものあり困窮者の生活上非情に助かりたり。

】タイトル写真 公主嶺神社大鳥居
小松メモ・アドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

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