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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 Q

<<   作成日時 : 2017/06/12 06:41   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会 会長 小松光治(昭和21年8月22日 記)

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28、日僑善後連絡所と改称 
 中央軍の東北進駐に依り各地日本人の内地帰還開始の緒に就き中国側にては瀋陽(奉天)に日僑俘官理総処(処長東北行営長官杜津明中條)日本側は瀋陽に日僑善後連総処が日本人会に引継ぎ会長は主任と改められたり、吾が公主嶺も6月10日初めて公主嶺日僑善後連絡処と改称し主任には会長小松光次郎を引き続き煩わす事とせり、事務機構も遺送(日本人の帰還を中国側では遺送と云う)事務を主眼とし、総務股、財産股、遺送股、経理股、衛生股、渉外股と改めたり、財産股は日本人の帰還に当たり残置せる動産、不動産の調査を完了して之を中国側に引渡し将来日本政府が聯合国に支払うべき賠償金の一部に肩代わりせらるるものなれば各種書類は八部を要し一部は東京政府に送らるるものなり。
 遺送股は日僑(俘も側面的に同様斡旋す)帰還に伴う設営、食料、名簿、腕章、胸章作成、大中小隊の編成等最頻雑なり、衛生股は帰還に伴う病患者の処置等細心の苦慮を要す股長には元満鉄病院長佐藤博士を煩わし薬剤師、看護婦若干総動員して遺送前日迄多忙を極めたり、経理股は一般会計の外今回帰国に要する寄託金の募集、救済金の支出総決算に最期まで忙しく、渉外股は主任直属として一切中国側各機関との折衝に当たり各股とも内地帰還を前に「飛ぶ鳥跡を濁さず」のスローガンの下に何れも大車輪に働き中国側の好感裡に感慨深き公主嶺に決別したり。

】タイトル写真 鉄南、花園町メインストリート
小松メモ・アドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

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