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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引揚迄の記録 小松光治-24-

<<   作成日時 : 2017/07/15 05:08   >>

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満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会 会長 小松光治(昭和21年8月22日記)

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37、満洲に於ける一般中国人の対日態度  
 終戦後今日まで約一ヶ年は随分長かった。10年も年老いた気がする。此の一年間に中国人の態度も環境の異なるに随い漸次反省して来た又、年令教育にもよる。以下稍詳細に観察せん。
 1、環境に依る随時の態度  
  、蘇兵が徹底的に日本人家屋を掠奪し日本人を苛めた時には彼等も其の尻馬に乗って日本人を侮辱し亡国人何かあらんと云う気分で、元親日的官人さえ日本人には半搗高粱を、自国民には精白を配給した程だ。  
  、蘇兵が稍冷静になって中日両国人を比較して見ると、日本人は確かに統制あり技術に長けた文化人であるが、中国人は無秩序にて厚顔無恥の非文化人たることが判って来たので漸次中国人を愚劣視し日本人を迎えんとする風に見え出したので、中国一般民衆も日本人を見直す様になった。
  、八路政権入市後は先ず人気取りに日本人や国民党を苛めたが、八路の幹部に隠れた日本人も居り日本人がが居なければ電灯も水道も使えぬ一般技術上どうしても日本人を立てる様になり却って中国人の有識有産階級を搾取し出したので、漸く元の満州国を偲ぶ様な者さえ出て同病相憐れむ様に日本人に同情を寄せる様になった。中国人で八路に銃殺されたもの数十人、搾取額1億5千万円と称せらる。
  、中央軍入市後は如何にも戦勝国民の態度で吾々日本人に弾圧を加え来ったので一般民衆も非情に生意気となった。但し彼等は口に中日親善を唱ふることを忘れなかった丈は一応斯く進駐したものの周囲は八路であり北辺には蘇聯が居る矢張り日本の協力が必要だと悟って居るからである。また一般民衆も驚喜して迎えた中央軍も来てみれば案外政治経済力が薄弱であり、又生活様式が八路に比して奢侈享楽であり矢張り搾取主義であり、東北人政治も不可能なることが漸次判って来たので元の満州国で只日本が大東亜戦争否日支事変をやって呉ねば善かったと口外する者さえ出てきた。


 2、年令と教育に依る民衆の態度
 、老人は大半親日的で東北はどうせ自国民の政治ゴロで簡単に治められぬ事を知っており、大分旧満州国を知っており吾々の為に送別宴を張って呉た人達は声涙共に下る概あり、日本人が皆引揚げたら私共も山門に隠棲すると迄云っていた。
 、中年者の読書人は日本亡くして中国も亦亡ぶと達観して居る。但し中日提携の方途に迷っている。何んとなればここに日本人が叫ぶ日支親善に吾々が無関心であった如く今吾々の説く中日提携に日本人が如何に追随し来るかにあり、此の人達の内に日本語の達者な者すくなからず満洲日本人には余り好感を持たぬが日本内地の善さを味はって中日不可分を信ずるものあり、但し一半米英かぶれは今度の敗戦は9、18事件及び盧溝橋の罰が当たったと公言し、中国は将来米国のみの援助でやって行けると公言し英蘇を悪口する者さえあり矢張り近攻遠交以夷制夷依存主義である。彼等は純国民党系にして、八路(中共)の反対である。

 ハ、少青年の大部分の多くは旧満州国時代の教育を受けたものであるが対日態度は最も悪い。日本学童に投石、殴打を敢えてすりものも彼等であり半知半解の内に日本を侮蔑する輩である。理由は甚だ簡単である。日本は戦争に負けたではないか、こんな国民と交際すれば善いのだ、実に中国人通有の事大思想で尤も偽らざる告白であろう。
 
 3、吾々日本及び日本人は中日親善一本槍に拘泥せず世界の文化と同化し、世界の凡ての国家民族と平和的友好を結ぶにありと信ず。併し道は近きより漸次遠きに進む道理が東北を根拠として中日親善を堅く結び、東亜より欧米に世界人類と結合すべきものなりと信ず。茲数年にして日本人の平和的東北進出は寧ろ亜米利加より慫慂せらるるにいたるべく其れは一に日本人今後の態度に因るものなり。 

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