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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引揚迄の記録 小松光治 -22-

<<   作成日時 : 2017/07/06 05:39   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚まで)−公主嶺会 会長 小松光治(昭和21年8月22日記)

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34、寄託金に就いて 
 奉天、長春其の他に於いては終戦後民会経費捻出方法として過大なる戸口会費及び東北日本人救済金として有資産者より拠出せしめて莫大なる費用を賄い居たるが如し、此の救済金と称するものは長春を主体として満蒙総裁高碕達之助を委員長として元満州国総務長官武部六蔵氏を初め、正金、三井、三菱、住友の各支店長連合の名に於て、将来日本政府に返還せしむるからとて数千万円の現金を日本人の金持ちより手離させた制度で、帰還後一ヶ年経て無利息で元金だけ支払うとの約なり。
 但し是は必ずしも東京政府の完全なる承認を得たるものではないが、是丈東北(満洲)居留の日本人が苦労して居るのだから、まさか知らぬとは云うまいとの見解であったらしい。
 昨年末公主嶺より長春に其の分配を交渉した時は、大体50万円の了解を得て居たが何も長春より現金を持参するのでなく、公主嶺在留の金持ちより醵出せしむる機構であり、余り民会に金を集めると八路政権に奪はる棄権あり、最初は全然奇特家の寄付金にて賄い尚事業部の利益金で間に合わせて来たが本年に入り段々貧困者は増加する使役の代払いは嵩む、物価は騰貴すると云う訳で遂に他地に倣ぅて此の救済資金の交渉に及びた処、期遅れて所謂救済資金は既に打ち切りと聞き漸く18万円丈其の枠に入れて貰う他は、寄託金の名目での募集可ならんとの事にて事の急を告げて奉天連絡所より40万円(内拾万円は後返却)を借り、外に現地募集にて二百六万四千円を獲得した訳なり、是は満洲各地民会と連絡し後日日本政府に陳情して之が償還の肩代わりを懇願する積もりである。此寄付金あったればこそ引揚に要する莫大なう経費を支払い水平に全員殆ど漏れなく金壱千円を携帯せしめることを得たのである。錦州にて乗船前に壱千円以上は反古になるからとて二百円以上は奉天連絡所主任坪川與吉氏の名儀で此の寄託をなさしめ手数料として一割徴収された程なり。

】タイトル写真 公主嶺駅の標識
小松メモhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

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