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zoom RSS 4月18日 本土初空襲

<<   作成日時 : 2018/04/18 06:31   >>

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 米軍が日本の本土を初めて空襲したのは、1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃による日米開戦から、わずか4カ月後のことであった。(東京新聞・2014年4月ー「A−TO−Z」)
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 1942(昭和17)年4月18日、米陸軍のド−リットル中佐率いるB25爆撃機16機が、千葉県・犬吠埼1150キロ地点の空母「ホーネット」から出撃した。攻撃目標は、東京、神奈川、名古屋、神戸の各地点にあった軍事施設や石油工場、発電所で、多くの民間人を含む120人が犠牲になった。
 B25爆撃機は正午ごろ日本上空に侵入し、全国で計60発の爆弾と焼夷弾を投下、機銃掃射も行った。最も大きな被害を受けたのは東京で、初弾は、東京都荒川区東尾久の住宅街を直撃した。このことから、本土初空襲を「尾久初空襲」と呼ぶこともある

【リンク】http://38300902.at.webry.info/201405/article_29.html






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