アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「永井和子」のブログ記事

みんなの「永井和子」ブログ

タイトル 日 時
詩集 ロ号33番 永井和子 −5−
詩集 ロ号33番 永井和子 −5−  詩人永井和子(1934〜2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたい上げてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/09/30 06:18
「鳩ポッポの歌」 1977年9月27日 永井和子
「鳩ポッポの歌」 1977年9月27日 永井和子  夏の名残を感じさせる汗ばむような陽気の日でした。のどかな昼下がり。家族の穏やかな日常が突然絶たれました。空から落ちてきた1機の米軍機によって▼1977年9月27日。厚木基地を飛び立ったファントム偵察機がエンジン火災を起こし、横浜市内の住宅地に墜落しました。(しんぶん「赤旗」9月27日ー「潮流」) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/09/27 17:27
柳条湖事件86年で式典 中国
柳条湖事件86年で式典 中国  日本の中国侵略の発端となった1931年の柳条湖事件から86年を迎えた18日、中国遼寧省瀋陽市の事件現場近くの「九・一八歴史博物館」で記念式典が行われました。(9・19 しんぶん「赤旗」−小林拓也記者) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/09/20 05:19
詩集 ロ号33番 永井和子 −4−
詩集 ロ号33番 永井和子 −4−  詩人永井和子(1934〜2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたい上げてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/09/19 06:25
詩集 ロ号33番 永井和子 −3−
詩集 ロ号33番 永井和子 −3−  詩人永井和子(1934〜2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に拾い上げてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/08/22 05:53
詩集 ロ号33番 永井和子 −2−
詩集 ロ号33番 永井和子 −2−  詩人永井和子(1934〜2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に拾い上げてつづった。全55篇からなる長編だが順次お手元に届けたい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/08/21 05:54
詩集 ロ号33番 永井和子 −1−
詩集 ロ号33番 永井和子 −1−  詩人永井和子(1934〜2015)。彼女の処女詩集。身辺に起きたこまごまとした出来事を詩に拾い上げてつづった。全編55篇からなる長編だが順次お手元に届けたい。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/08/19 07:03
詩集 ロ号33番 永井和子 はじめに
詩集 ロ号33番 永井和子 はじめに  詩人 永井和子が逝ってもう二年を過ぎた。遺された彼女の「詩集」は三十数冊に上る。その一つひとつを読みほどくほどに、同じ思いを、日々の暮らしをともにしたことなどが、よみがえってくる。これは彼女の処女詩集、名づけて「ロ号33番」。55篇からなっている。順次書き留めていきたい。  ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/08/10 06:10
戦後72年 「平和の俳句」 −29−
戦後72年 「平和の俳句」 −29−  7月第4週の「平和の俳句」・東京新聞は惜しくも選に漏れた作品の中から事務局の記者が選んだ1句を二ヶ月に1回「特集」で紹介しています。今回は文化部・小佐野慧太記者の推薦句です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/07/23 05:50
沖縄詩人 永井和子 三回忌
沖縄詩人 永井和子 三回忌  沖縄を詩(うた)って60年。今日7月8日は三回忌。写真はその永井和子の詩に心を動かされた人々が集って、2012年10月15日、沖縄・「平安座島」に建立された彼女の「詩碑」。挨拶する在りし日の永井和子。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/07/08 07:21
「沖縄思う東京の一票」 今日都議選告示 
「沖縄思う東京の一票」 今日都議選告示   今日6月23日は太平洋戦争の末期の沖縄での地上戦で犠牲となった人たちを追悼する「慰霊の日」だ。と同時に今年はこれからの日本の行く末を見通す東京都議選の告示日。思い出すのは東京で抗い、札幌に居を移し、60年の間「沖縄」を詩(うた)い続けて一昨年逝った詩人・永井和子。存命だったら今何を思うのか。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/06/23 06:18
今日、永井和子の一周忌 平和を願う
今日、永井和子の一周忌 平和を願う 今日、7月8日は詩人・永井和子の一周忌(1934〜2015)。平和を詩って60年。「日本の命運がかる今」。存命だったらどれほどの想いで立ち向かっていただろうか。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/07/08 08:54
沖縄のための 創作曲集 永井和子E
沖縄のための 創作曲集 永井和子E この曲がなぜ「沖縄のための・・・」詩集に掲載されているのか詳らかでないが、おそらく「沖縄返還同盟」の機関紙に投稿されたからであろうと推察する。彼女の娘・亜子に送ったものと思われる。家の内では当時よく口ずさんだことが思い出される。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/05/13 05:06
沖縄のための 創作曲集 永井和子D
沖縄のための 創作曲集 永井和子D 詩人・永井和子が返還前の1972年2月、「核も基地もない沖縄をつくるために」として書いた「東京ー沖縄」。沖縄返還同盟機関紙に寄せた連帯の詩に原ひろし(本名・上坪陽)さんが曲をつけました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/05/06 05:09
沖縄のための 創作曲集 永井和子C
沖縄のための 創作曲集 永井和子C 昨夏札幌で亡くなった詩人の永井和子さん(81)。沖縄にこよなく想いを寄せて詩ってきた。今回はその4回目。写真は2013年沖縄の平安島に建立された自らの”詩碑”の前で詩の朗読をした。「メコンの子守唄」の小品だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/26 05:14
沖縄のための 創作曲集 永井和子B
沖縄のための 創作曲集 永井和子B 永井和子(1934〜2015)、大阪に生まれ札幌で没した詩人。慶応大学文学部を卒業後、主に沖縄をテーマに詩作に没頭、「沖縄詩集」「続沖縄詩集」などを次々に発表。沖縄に対する限りない思いを寄せて共感を得た。以下は小品だが歌いやすく友人の原ひろしさんが曲をつけた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/19 05:58
沖縄のための 創作曲集 永井和子A
沖縄のための 創作曲集 永井和子A 詩人の永井和子さんが「沖縄返還同盟」という市民団体の文化部に属していたとき、同盟の機関紙に寄せた詩。作曲家の原ひろしさんが曲をつけた「名護のがじゅまる」を紹介します。なお、1972年の作品と思われます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/18 09:54
沖縄のための 創作曲集 永井和子@
沖縄のための 創作曲集 永井和子@ かつて、沖縄がアメリカの施政下にあったとき、沖縄県民はもとより日本内地でも「沖縄を返せ」と叫び続けていた市民団体があった。その中の文化部に続していた詩人・永井和子さんがその思いを書き続けた「創作曲集」がある。曲は原ひろしさん(本名・上坪陽)がつけた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/17 06:45
詩人・永井和子 青山の無名戦士の墓に
詩人・永井和子 青山の無名戦士の墓に 日本の平和と民主主義、国民生活を守るために活動し、亡くなった人を追悼する「第69回解放運動無名戦士合葬追悼会」3月18日、東京都千代田区の日比谷公会堂で行われました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/03/21 15:07
永井和子としんぶん「赤旗」 「読者の広場」 A
永井和子としんぶん「赤旗」 「読者の広場」 A 生前、ひところは毎月少なくとも月1回は『赤旗』の「読者の広場」に投稿していた詩人の永井和子さん。今、その切り抜き紙面が散逸、収集に苦慮中ですが、昨日膨大な資料の中から貴重な一遍を見出しました。2008年2月14日に掲載されたもの。紹介しましよう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/03/08 09:34
永井和子としんぶん「赤旗」 「読者の広場」 @
永井和子としんぶん「赤旗」 「読者の広場」 @ 生前、詩人の永井和子はたびたび「赤旗・読者の広場」に投稿していた。遺品を整理していたら少し黄いばんだ以下のような紙面の切り抜きが目に飛び込んできた。ほぼ8年前のものだが再現してみたい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/03/05 13:32
沖縄、東京大空襲、九条を詩って50年 永井和子
沖縄、東京大空襲、九条を詩って50年 永井和子 1934年、大阪に生まれ、東京で青春を過ごし、札幌で詩作にいよいよ励んだ詩人の永井和子。その中で喜びと悲しみ、哀しさを身に刻み、そして怒りを燃やし、東京大空襲、沖縄に思いを寄せ、憲法9条を謳い続けた詩人・永井和子。昨7月8日他界した。関わりのある一人としてブログでその業績を讃えたい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/03/02 11:56
「永井和子さんのこと」 青木みつお
「永井和子さんのこと」 青木みつお 永井さんが今夏亡くなったという。しばらく前から治療中との報に接していたが、さみしいことです。わたしより四年年上だが、まだ亡くなるのは早い。もう一仕事してほしかった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/12/29 06:08
基地問題 「深層」伝える一冊 嬉野京子
基地問題 「深層」伝える一冊 嬉野京子 辺野古新基地をめぐり政府と沖縄県は訴訟合戦の様相ですが、警視庁機動隊の投入を報じた3日特報面「第二の琉球処分か」に意見が多数寄せられました。(東京新聞・11月19日「応答室だより」−奥田雅弘) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/11/20 07:13
「沖縄に青い海と空を そして平和を」 永井和子
「沖縄に青い海と空を そして平和を」 永井和子 この7月北海道で他界した「沖縄詩人」とも言われた詩人の永井和子さん。沖縄に心をよせて40年。さる2012年10月15日、友人、知人、読者が中心になって沖縄の「平安座島」(へんざしま)に「永井和子の詩碑」が建立されました。あれから今日は3年、「碑」に刻まれた彼女の沖縄への思いを読み返してみる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/10/16 06:56
詩人・永井和子さん 札幌の「不滅の碑」に埋葬
詩人・永井和子さん 札幌の「不滅の碑」に埋葬 2015年9月20日、この7月8日に他界した詩人・永井和子さん(81)の納骨式が滞りなくおわりました。ところは札幌市南区の「北海道で活動した日本共産党員の墓碑」前でした。以下は7月10日の「お別れ会」によせられた弔辞の全文です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/09/24 06:49
「わたしの党へ」 永井和子 −7− 「手をつなぐ」
「わたしの党へ」 永井和子 −7− 「手をつなぐ」 昨月、他界した永井和子さんの「詩集・わたしの党へ」の7回目。70年10月月25日作である。娘の成長を花のつぼみに似せて詩った包み込むような、ほのぼのとしたもの。その娘は生きていたら、もう年頃の子もいるだろうに。だが行方はいまだに知らず。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/08/05 10:21
「わたしの党へ」 永井和子著 −6− 「ビラ」
「わたしの党へ」 永井和子著 −6− 「ビラ」 「日本共産党員として生きるよりも長く詩人として生きてきました」と語る永井和子さん。が、「二人の永井和子が矛盾を起こしたことはありません」とも言い、そのことに幸せを感じている、と発表したのがこの詩集。今回の「わたしの党へ」はその6回目です。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 06:16
「わたしの党へ」 永井和子著 −5− 「娘に」
「わたしの党へ」 永井和子著 −5− 「娘に」 1997年8月15日発刊された「わたしの党へ」という小詩集からの一篇。娘「亜子(あこ)」が成人を迎える前の年、巣立ちを迎える彼女に母親が包み込むような思いを書いた。その日は80年の12月13日。誕生が15日だからその2日前だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/22 05:27
「沖縄」と「東京大空襲」を詩って50年 永井和子逝く
「沖縄」と「東京大空襲」を詩って50年 永井和子逝く 「沖縄」に、「東京大空襲」に心を砕いて、怒りを燃やし、歌った50年。大阪に生まれ、東京・江東区で過ごし、晩年は北海道・札幌に生きた詩人の永井和子さんが、この7月8日逝った。享年81歳。10日に札幌で行われた「お別れの会」に寄せられた痛恨の弔意、弔電を目にしました。想いは遥かに・・・。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/20 05:42
「わたしの党へ」 永井和子著 −4−
「わたしの党へ」 永井和子著 −4− 北海道に住んでいた詩人の永井和子さんが書いた詩集・「わたしの党へ」。その中から選んだ一篇、「ふみこさんへ」。月見草をあなたにあげる、と詩っている。(84・6・7) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/17 06:02
「わたしの党へ」 永井和子著 −3− 「ふるさと沖縄よ」 
「わたしの党へ」 永井和子著 −3− 「ふるさと沖縄よ」  「沖縄返還同盟解散大会の日に」−73年5月22日に永井和子が書いた詩集・「私の党へ」に収録されている一篇。そこに咲くデイゴと青い海に揺れるサンゴに沖縄への思いを寄せて。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/10 06:30
「わたしの党へ」 永井和子著 −2− 「訪問」
「わたしの党へ」 永井和子著 −2− 「訪問」 あなたに読ませたい本を抱えて日ざかりの街を歩/午後二時から四時/きょうはまた、なんという暑さだ/八月という夏のさなかに/一日のうちで一番ひどいこの時間をえらぶのは/それが一番「てきとう」だからだ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/09 05:08
「わたしの党へ」 永井和子著 あとがきに代えて
「わたしの党へ」 永井和子著 あとがきに代えて 1934年に生まれて32歳の春、日本共産党に入党しました。そして30年を日本共産党員として生きてきました。その以前から詩をつくりだし、約40年を詩人として生きてきました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/06/23 05:14
「わたしの党へ」 永井和子著 −1−
「わたしの党へ」 永井和子著 −1− 詩人の永井和子さんが東京をはなれ札幌に居を構えたころの詩集「わたしの党へ」。そこには45篇の党への思いがつづられている。順次ブログで紹介していきたい。今病に伏せている彼女の、激動の世界に生きる人たちへのささやかな贈り物になればいいと思っている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/06/20 07:40
シェークスピア 名言
シェークスピア 名言 シェークスピア(1564〜1616)年、4月23ひ、この日死んだイギリス最高の劇詩人。商業を営み町の有力者だった父が没落し、高等教育を受けなかったが、1585年前後にロンドンに出て、1952年には新進の劇作家兼俳優として名をあげた。『ロミオとジュリエット』『ベニスの商人』『ハムレット』など。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/04/23 06:52
あのとき歌った 「沈丁香の花といもうと」
あのとき歌った 「沈丁香の花といもうと」 春がそこまでくる季節になるとよみがえります。凄惨なあの夜の叫びが聞こえます。作詩の永井和子さん、作曲の岡田京子さんが東京大空襲を呼び起こし、あらたな思いを燃やす歌、「沈丁香の花といもうと」です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/04/18 06:06
夏の花 夾竹桃 鈴木康吉
夏の花 夾竹桃 鈴木康吉 紫陽花の花がくすみ始めたこのごろ、夏一番の花はなんだろうか? そんなことを思いながら朝の散歩。猿江公園を一周して途中柔軟体操をして帰るのだが45分、5800歩の行程ですっかり汗ばんでくる。夜遅くまで調べ物などパソコンに向かうから鈍ったカラダには丁度いい刺激になる。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/06/27 09:00
さらに熱く憲法を詩(うた)う
さらに熱く憲法を詩(うた)う 今日は憲法記念日。「さらに熱く憲法を詩う」ー永井和子著(2007年10月10日発行・詩の冊子)をみなさんに差し上げます。著者は詩人会議会員。現在北海道・札幌市在住、1957年 慶應義塾大学卒。ご希望の方は「満州っ子」のHPまで。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/03 06:17
4月1日 米軍沖縄本島上陸 島口説
4月1日 米軍沖縄本島上陸 島口説 1945年3月26日米軍は慶良間群島に上陸以来、今日4月1日、沖縄本島に上陸、凄惨な戦闘が繰り広げられていきます。沖縄を詠んで60年、詩人の永井和子さんが後年、沖縄に思いを寄せて次のような詩で怒りを拡げています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/04/01 10:50
あのころ歌った「東京ー沖縄」
あのころ歌った「東京ー沖縄」 いよいよ沖縄・名護市長選が告示されました。そしてほどなく東京都知事選も。安倍政権に鉄槌をくだすときです。沖縄の、東京の、そして日本の将来がかかつた闘いです。手元に旧沖縄・小笠原返還同盟の機関紙縮刷版が。その中に「東京ー沖縄」という連帯の歌があります。その歌がよみがえってきました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/01/12 16:04
沖縄をうたう 永井和子さん
沖縄をうたう 永井和子さん  詩人永井和子さんは沖縄を「ふるさと」と呼ぶ。大阪に生れ、東京に転じ、いまは札幌に住んでいる彼女なのに、どういうわけかと思われるが、それはまず次のような理由があるだろう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/01/02 07:06
平和のための名言 岡部伊都子
平和のための名言 岡部伊都子 岡部伊都子(1923〜2008年)。随筆家。幼少より病弱で、成人してからは婚約者を沖縄戦で亡くす。戦後の46年結婚するまもなく離婚、不遇な生活が続く。56年ラジオ放送されたエッセーをまとめた『おむすびの味』で注目される。(大和書房・「平和のための名言集」−早乙女勝元編) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2013/06/18 05:48
あのとき歌った この歌 −22−
あのとき歌った この歌 −22− 「東京大空襲60周年のつどい いま語り継ぐこと」が2005年3月5日、東京江東区の総合区民センターで開かれました。空襲体験者から孫の世代までかってない510人が集まり、戦争の悲惨さを伝え、学び合いました。このつどいのオープニングを飾ったのがこの歌でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2013/06/17 08:01
永井和子「詩碑」沖縄に建立 
永井和子「詩碑」沖縄に建立  10月15日に沖縄に建立された詩人・永井和子さんの「詩碑」の除幕式には多くの人が参列した。その中に遠く東京からかけつけた歌手のささいはるみさん。永井さんの作詞になる曲をこれまで数多く歌ってきた昵懇の間柄、この日も二曲歌い、「詩碑」に花を添えた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/10/24 05:10
永井和子「詩碑」 沖縄に建立
永井和子「詩碑」 沖縄に建立 15日に建立された詩人・永井和子さんの「詩碑」に関わる続報です。企画されたのは5年ほど前とのこと。多くの人のご支援でようやく完成したそうです。「詩碑」の手前、上部に刻まれた詩の部分を紹介します。彼女の「沖縄詩集三部作」のなかから採られました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/10/20 06:47
永井和子「詩碑」 沖縄に建立 
永井和子「詩碑」 沖縄に建立  詩人会議の一人、「沖縄詩人」ともいわれる永井和子さん。大阪に生まれ、沖縄に心をよせて40年。10月15日、友人、読者が中心になって沖縄の平安座島(へんざしま)に「詩碑」が建立されました。その除幕式には地元沖縄はもとより遠くは北海道からも駆けつけ祝いました。写真で速報します。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/10/17 09:35
永井和子の「詩碑」を 創る会
永井和子の「詩碑」を 創る会 大阪に生まれ、東京を経て今は札幌に住む詩人会議の一員、永井和子さんの「詩碑」を沖縄の、とある小島の一隅に建立する話が具体化しつつあることを知った。沖縄の全てに一途な思いをよせて50年。そのひたむきな作品に励まされ、癒された人びとの彼女へのささやかな贈り物なのだろう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/10/08 12:38
「読者の広場」に 永井和子さん
「読者の広場」に 永井和子さん 札幌に住む詩人の永井和子さんが久々に、しんぶん「赤旗」の「読者の広場」(5日付)に投稿しました。痛苦の沖縄の人たちへの想いをはせて50年。沖縄詩人といわれてきた詩人が北海道から新たなエールを送っています。「日本中の声を沖縄に集めよう」と結んでいます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/10/05 17:31
北の大地から 永井和子詩M
北の大地から 永井和子詩M 「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ44〜45(大雪湖畔の自然林ー北海道・上川町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/26 07:36
北の大地から 永井和子詩L
「北の大地から」写真・さとうつねお、永井和子詩。ページ42〜43(雪原のウサギの足跡(北海道・深川市) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/25 06:06
北の大地から 永井和子詩K
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ40〜41(札内川川原の化粧柳・帯広市) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/24 07:41
北の大地から 永井和子詩J
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ36〜37(阿歴内の牧場ー北海道・阿茶町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/23 06:12
北の大地から 永井和子詩I
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ32〜33(静狩峠のクマザサー北海道・長万部町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/21 07:51
北の大地から 永井和子詩H
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ28〜29(小金湯のカツラ不動ー北海道・札幌市) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/20 06:15
北の大地から 永井和子詩G
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子ページ24〜25(豊平館=北海道・札幌市) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/19 07:07
北の大地から 永井和子詩F
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩永井和子。ページ22〜23(昭和新山と白菜畠=北海道・伊達市) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/18 06:06
北の大地から 永井和子詩E
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子ページ18〜19(日本海・冬の七里長浜(青森県・市浦村) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/17 07:01
北の大地から 永井和子詩D
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ12−オンネトウと阿寒富士(北海道・足寄町= ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/16 08:53
北の大地から 永井和子詩C
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ10〜11ーエゾマツに交るモミジー(北海道・足寄町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/12 04:14
北の大地から 永井和子詩B
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ8〜9、釧路湿原(北海道・釧路町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/11 07:12
北の大地から 永井和子詩A
「北の大地から」写真・さとうつねお、詩・永井和子。ページ2〜3 十勝平野(北海道・鹿追町) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/09 08:56
北の大地から 永井和子詩@
故あって、東京から北海道に移り住んでほどなくの頃と思われる。詩人の永井和子さんが雄大な「北の大地」の写真に添えた詩の数々がこれ。写真はさとうつねおさん。1990年10月10日発行とある。満州っ子にとっては「北の大地」といえばあの広大な中国東北部としか思い浮ばなかったが・・・。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/08 06:19
沖縄詩集・抄 遠い島じま
札幌市に住む詩人会議会員の永井和子さん。人呼んで沖縄詩人。50数年返還前から沖縄に思いをよせて書き続けてきました。これは彼女の沖縄に関わる連作「沖縄詩集」の集約されたもの。「抄」として2011年11月1日に発刊されたものです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/07 05:32
平和の門戸はオープンでなければ
江東区民ならずとも東京中の誰しもが3月になると呼び戻されるのは、東京大空襲の惨劇とそれを祈念し、告発する大イベント・「東京大空襲を語り継ぐつどい」だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/06 11:16
沖縄詩集・抄 沖縄旅行
札幌に住んでいながら通称”沖縄詩人”といわれる詩人・永井和子さんが沖縄をテーマにたくさん詩を書いています。かって認めた「沖縄詩集」「続沖縄詩集」の抜粋がこれです。二編おくります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 1

2012/03/06 05:14
沖縄詩集・抄 いまもその島は
札幌市在住の詩人会議会員・永井和子さんが2010年11月1日に発刊した「沖縄詩集・抄」から「いまもその島は」(25頁)を掲載します。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/05 14:19
沖縄詩集・抄 その声を叩きつけろ
札幌在住の詩人会議会員・永井和子さんが2011年11月1日に発刊した「復刻版1 沖縄詩集・抄」から「その声を叩きつけろ」(17頁)を掲載します。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/05 04:47
沖縄詩集・抄 沖縄の声
札幌在住の詩人・永井和子さんが発行した「復刻版T 沖縄詩集・抄」(2010年11月1日)から29頁の「沖縄の声」を掲載する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/04 05:22
憂欝が晴れた 病院での一言
本ブログでも度々登場する北海道に住む詩人会議の永井和子さん。昨今の近況が2月3日付しんぶん「赤旗」の読者の広場欄に掲載されています。体調不良で入院中のホットするエピソードがつづられています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/02/04 05:03
石碑と早乙女勝元さん
1976(昭和51)年8月15日に発行された、写真集「石碑の誓い」の序文を作家の早乙女勝元さんが書かれた。「江東の空襲慰霊碑をつくる会」(代表・橋本代志子)が運動の一環として出されたものだが、終始サポートされてきた早乙女氏の一文は30年余を経た今もなお光彩を放っている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/11/12 07:18
10・10沖縄空襲
沖縄を書き続けて50年。自他ともに「沖縄詩人」と呼ばれる詩人の永井和子さん。昨日のしんぶん「赤旗」の「読者の広場」に投稿した。それは1944(昭和19)年10月、米軍はフイリピン侵攻の陽動作戦として沖縄県・那覇市を猛爆した。そのことをどうしても語り継がなければ、と短文だが訴えている。 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/10/30 08:18
憲法を詩う 永井和子
北海道札幌に住む詩人・永井和子さんが2007年5月3日、詩の小冊子『憲法を詩(うた)う」を発刊しました。当時「改憲の強引な動きにせかされて50編の短詩にしたものを集めた」といいます。すでに本ブログでは紹介済みですが ここに集約して紹介します。どうぞお読みください。⇒http://www.nagai-yoshi.jp ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/09/20 06:04
ハマナスに無念の想いを
終戦直後の1945(昭和20)年8月20日、ソ連軍の進攻の中にあった樺太・真岡郵便局の9人の少女たち。その緊迫した壮絶な状況の中、最後まで交換業務を果たし、自らの命を絶った彼女たちに詩人の永井和子さんが浜茄子の赤い花、白い花に想いをたくして詩(うた)を寄せました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/08/20 08:34
「先島アイ歌」沖縄詩文集@
上記詩文集のあとがきで詩人・永井和子はこう書きました。「ここ数年の作品を『沖縄詩文集』三部作という、まとまったかたちで発表することができました。この三冊の詩文集をつくるなかで、私の詩は音楽と結びついて、さらに豊かになったように思います」と、2007年4月28日に。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/08/04 08:08
誰が 誰が この島沖縄を
6月23日、沖縄作戦の地上隊を率いる牛島司令官が自決し、事実上沖縄戦終結の日とされる。10万人の住民を含む死者は25万人。今年も現地では慰霊の催しがもたれる。本土を守るための捨て石となった沖縄。今もなお基地の中に村がある状態が続いている。沖縄詩人の永井和子さんは今日もまた詠む。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/06/23 05:19
今日沖縄が祖国復帰39年
今日5月15日は沖縄が祖国復帰を果たして39年になる。大震災の影にかくれて遠く、遠くへ追いやられたかの沖縄問題。その沖縄は今どう息づいているのだろうか、呼び戻さなければ。詩人・永井和子がかって「沖縄のための組曲」を書いた。「情景」「悲しみ」「風刺」「祈り」「怒り」と続き、「たたかい」がよみがえる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/05/15 08:55
これが沖縄だ! 永井和子
「『沖縄詩集』が、絶版になって45年、『続沖縄詩集』が同じく絶版になってからでも40年が過ぎた。なぜ、いま、その復刻版を造ろうとしているのか」、大阪生まれで、札幌に住む詩人の永井和子が「復刻版」のあとがきでこう書きます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/05/12 06:56
「あなたが祈るもの」 沖縄で
1945(昭和20)年の3月26日、米軍は沖縄・慶良間列島に上陸、4月1日には本島に侵攻、悲劇の幕がきって落とされた。あれから66年たった今、沖縄の人々は平穏な暮らしを過してきただろうか。沖縄詩人の永井和子が静かだが鋭い視線で告発の詩を書く、それは「あなたが祈るもの」だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/03/29 08:42
遠藤未希さん いま何処に
「遠藤未希さんはいま、どこにいるのでしょう。役場の無線放送で「早く逃げて」とよびかけた、宮城県南三陸町の遠藤未希さん▼「高台へ避難してください」「6メートル強の波があります。早く逃げてください」。あわてず、しかし切迫したようすの声に背中をおされ、多くの町民が高台へと急ぎました」、「赤旗」の潮流氏が昨日書きました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/03/28 11:47
4月 沖縄は戦争を思う月
アメリカ軍が大挙して沖縄の読谷村に上陸したのは4月1日。あれから69年、沖縄戦についてはこれまで語りつくされているようですが、やはりこの季節になれば思い出さずにはいられません。今年も「沖縄詩人」といわれる、詩人の永井和子さんに登場ねがい、あの凄惨で日本人として忘れ難き「想い」を再び、三度、詩(うた)ってもらいましょう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/03/19 07:22
雪の日の多喜二 「党生活者」
小林多喜二(1903〜1933)2月20日、この日特高警察の拷問によって殺されたプロレタリア作家。代表作に『蟹工船』『党生活者』がある。北海道・札幌に住む詩人会議の永井和子さんが多喜二について書いた。小樽市旭展望台に記念碑がある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/02/20 05:23
詩集 戦争のなかの馬たち
本詩集は、永井和子さんの第六詩集(1984年刊)である。かって坂井徳三が彼女の作品群を評して、「ほとんどそのまま読む人へ、なっとくして受けとられる」といったが、まさにそのとおりで、しかもそのうたい方一筋にがんばって、彼女は詩歴をかさねてきた。長編詩集「戦争のなかの馬たち」を紹介しよう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/02/17 09:52
江東で大空襲の集い 回顧
これらの「つどい」の翌日・3月6日の全国紙はいっせいにこの日の模様を報道しました。各紙とも写真付きで大きく扱い、60年前のこの日の惨事と、平和の尊さを後世に伝えなければとの思いが込められていましたが、「東京」の「平和憲法、曲がりそう」の見出しが出色。「赤旗」の記事が「ならでは」の・・・格調で燦然と光っていました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/02/12 05:25
おれは『民老』つくるんだ
「『赤旗』は1面から読み始めますが、私の楽しみは後半の暮らしにまつわるページです。「読者の広場」や思いがけない記事に、知人・友人も名前をみつけるとうれしくなります。」との書きだしではじまる1月10日付の記事を見つけた。詩人で札幌在住の永井和子(76)さんの投稿だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/01/10 09:13
いま、なぜ沖縄を詩うのか
先ごろ詩人永井和子さんは「復刻版・沖縄詩集抄ー復刻版」を発行した。そのあとがきで、「私の『沖縄のための組曲』が再演されることになったが。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみである」と、そして「いつまで、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのか?」と書きつづっている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/01/03 06:49
「空襲」白いバラの花の刺は
年が明ければすぐ春。春になれば記憶を呼び覚まされるのは、あの凄惨な東京大空襲・3月10日。その日にむけてブログ「満州っ子」もシリーズで大特集記事を連打することにしました。今回は詩人の永井和子さんが30数年まえに「写真集・石碑」に書いた「薔薇」に想いを託しましょう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/12/13 09:56
人間を返せ 大空襲3部作
あの頃のある日、とある喫茶店で岡田京子さんとはじめて出会ったという永井和子さん。そのとき「新聞にも載らない、歴史にも残さない、力のない人たち、しかし人間としてみごとに生きた人々を書き残したいのだ」といって二人は意気投合。そこから生まれたこれらの曲は、「人間をかえせ 東京大空襲3部作」といわれるようになった。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/12/03 07:08
構成詩「石碑の誓い」より
太平洋戦争での東京大空襲で最も悲惨をきわめたのは、昭和20年3月9日から10日にかけての江東地区の空襲だった。僅か二時間余りの爆撃により、“銃後”と思われていた東京を一瞬にして血みどろの“戦場”にしてしまった。あれから29年、江東に空襲慰霊碑をという運動のなかで作られた「石碑の誓い」。永井和子が書いた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/12/02 10:15
人は なぜうたうのだろう
再び三度「永井和子 岡田京子ソング集」をひもといてみよう。先に永井和子さんが岡田さんに「詩人の意識の底に眠っているいるものをひき起こしてくれた」とのメッセージに岡田京子さんは「人はなぜうたうのだろう」という未知のテーマを呼び覚ましてくれた、と心からのエールを永井さんによせた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/11/27 07:40
どこまでも素朴な叙事詩よ!
詩人会議を立ちあげた一人、詩人の故坂井徳三氏が永井和子さんの詩を評して、つねひごろいっていた「よそ行きの興奮でない感動を、私たち自身の生活の手もと、生命の足もとに引きよせた形で、吹きあがっていく」と。復刻版・「沖縄詩集・抄」では氏の言葉を「あとがき」で引用している。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

2010/11/26 12:40
沈丁花の花と岡田京子さん
詩人の永井和子さんが作曲家の岡田京子さんとのコラボで世に送った歌曲はこれまでに22曲になった。1995年に発行された「永井和子・岡田京子ソング集」にすべて収録されているが、その中で東京大空襲をテーマにした「沈丁花の花」が初作品。その曲にまつわる思いを永井和子が書いている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/11/26 06:49
あなたはオルガンをひく
「沖縄詩集・抄」(永井和子著)の詩の中からの第四段。詩人会議の著者が崇拝する故坂井徳三氏は、以下の二編の作品について、「どこまでも素朴な抒情詩としての、その映像形式のなかで、痛切な民族的・人間的な問題が次々とリズムと言葉を獲得してゆく・・・・・・」と記す。(1966年8月)   ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/11/25 08:18
沖縄のための構成組曲
2010年11月21日、処女詩集沖縄から歌になった構成組曲が、30年ぶりに、当時歌ってくれた琉球大学合唱団有志の力で、再演されることになった。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみでもある。いつまでも、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのだろうか? 永井和子 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/11/24 10:12
燃えさかるトーチをかかげ
今なぜよみがえるのか「沖縄詩集」。北海道に住む「沖縄詩人」の永井和子が訴えます。「日本政府は、沖縄の「施政権」を取り戻し沖縄が日本になったという。では、なぜ、今も、沖縄がアメリカ軍の思うままにされているのだろか?」と。本篇「聖火」は1965年、週刊紙「日曜版」元旦号を飾り、日本復帰の願いをトーチに託した。        ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/11/24 06:56
復刻版T 沖縄詩集・抄
北海道・札幌に住む詩人・永井和子が復刻版「沖縄詩集・抄」を発刊するにあたって次のように書く「沖縄詩集」が、絶版になって45年が過ぎた。あの詩集はもう無いのですか?今頃になって問われることが増えた。沖縄がいまも、処女詩集以来、アメリカのものである現実があるからだろう。いやそれ以上悪くなっている・・・。」 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/11/23 10:38
詩集 終からはじまる歌 E
「東京生まれはふるさとを持たないという。生れは大阪だが、戦争と家の事情で転々とした私も、東京に住みついてからが一番時間的にも長い。ふるさとを持たないにんげんのひとりであろう」。現在は札幌に住む詩人・永井和子はこの詩集の「あとがき」で書く。そして第二のふるさとは沖縄。あまりにも私自身でありすぎて書けない。せつない故郷である、と。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2010/11/07 11:32
詩集 終からはじまる歌D
もう32〜3年も前のことだったか、あの横井久美子さんが江東区にやってきた。作曲家の岡田京子さんともども「沈丁花の花と妹」を携えてきた。橋本代志子さんや「江東の空襲慰霊碑をつくる会」の婦人たち30人に囲まれて歌った。作詞者・永井和子が「五月の風といっしょに」と、その時のことを詩(うた)う。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/11/02 08:03
更に「沖縄を返せ」の声高く
「1995年10月21日。米兵による少女暴行事件に抗議する沖縄県民総決起大会の会場を埋めた8万5千人の人波は、今も多くの県民の脳裏に焼き付いています」としんぶん「赤旗」総合欄・2010年10月21日付はリードで書きます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/21 10:28
詩集 終わりからはじまる歌D
この二連の詩の冒頭に「ときどきひとり/旅してみたいと思う」「そばにいるはずのあなたがみつからなくて/遠くへ/旅してみたいと思う」と作者は詩(うた)う。ひとり旅は心打ちひしがれているときにするものだと相場はきまっている。だがそれは若者の特権。年を重ねるにつれ「来し方」を思い、あてどない「行く末」を旅し、ひとりさまよう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/18 09:56
詩集 終わりからはじまる歌C
「私の第二のふるさとである沖縄は、あらゆる思いがないざまっていて一言ではいえない。あまりにも私自身でありすぎて書けない、せつないふるさとである」という詩人の永井和子。復帰前この地に何度足を運んだことか。この詩に託して沖縄に自分のありようを重ねてうたう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/16 10:42
詩集 終わりからはじまる歌B
永井和子という詩人は一貫して「女だから、いいたいこと」をいっぱいうたいあげてきた。「小さな家のなかから世界に」ひろがろうと励むなかで「いいたいこと」をいおうとして書き続けてきた。本編では「月見草」に想いを託した。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/14 07:19
詩集 終わりからはじまる歌A
ある年の夏の暑い日、義兄が神戸の街路上で倒れていた。電話速報で知らせを聞いて新幹線で駆け付けた。妻と子どもたち5人を残して失踪して7年。行方が分かった第一報がこれだった。無念の思いを「兄の死」として永井和子がつづった。35年たっても鮮明によみがえってくる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/13 11:21
さとうきびの花 沖縄の花たち
さとうきびは、沖縄を代表する産物であり象徴でもある。さとうきび畑の緑の波の見事さは「さとうきび畑」の歌で有名だが、花の季節の美しさは意外と知られていない。冬、さとうきびは穂を立て花を咲かせる。収穫の季節でもある。(永井和子沖縄詩文集・2003年刊) ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/10/11 05:34
寒緋さくら 沖縄の花たち
日本列島の桜前線は、通常、南から北へ進んでいく。しかしここ沖縄ではそれが逆になる。桜は、一定の温度まで気温が下がってから改めて気温が上がらないと開化の準備をはじめない。(永井和子沖縄詩文集2003年刊) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/10 08:18
ぶっそうげ 沖縄の花たち
年中花の絶えない沖縄だが、なかでも一年中花を咲かせているのが、ぶっそうげの花だ。と聞いてこの花を即思い浮かべることが出来る人は何人いるだろうか。沖縄は今年「復帰」三十周年を迎えた。(永井和子沖縄詩文集・2003年刊) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/10 06:15
詩集 終わりからはじまる歌@
詩集「終わりからはじまる歌」は詩人・永井和子が1978年に発刊した第五詩集である。それまでの『ロ号33番』『沖縄詩集』『約束』『続沖縄詩集』に続けた。日曜詩集の会の増岡敏和氏は「跋」のなかで「『終わりからはじまる』とは、到達したところからまた歩きはじめるという意味・・・」といっている。その時彼女が何をうたったか今度初めて知った。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/09 10:19
満州っ子 神島家の人びと
昭和50(1975)年、四兄・神島四郎が五十四歳で死んだ。私・至正は次点で落選、喘いでいる最中である。シベリア帰りの商才ある彼と会社を経営、浮かんでは沈み、沈んでは立ち上がり、変遷すること五たび、ようやく軌道に乗りかかりつつある時彼が逝った。葬儀の会葬者に涙ながらに私が挨拶、永井和子が詩を朗読し捧げた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/05 05:55
歌ってよわたしの詩たちH
永井和子さん。沖縄の日本復帰前から「沖縄」をテーマにうたい続ける。この度の沖縄行き(2002年)で、再び『沖縄詩文集』を上梓することになったのは、いまもアメリカの基地のままになっている沖縄を「ふるさと」として、彼女は切に心を繋がざるにはおれなかったのでは・・・。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/03 16:00
歌ってよわたしの詩たちG
 ギンネム。豆科の常緑小高木である。わたしたちが知っているいわゆる「ねむの木」と同じ科ではあるが、夜になると葉を閉じ眠るように見える優美さ、薄桃色の花のやさしさはない。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/03 09:17
歌ってよわたしの詩たちF
『沖縄の林業』という冊子の一文、「植樹祭・育樹祭」の記録を読んでいたら、毎年のように選ばれている樹に、モクマオウの名を見つけた。(モクマオウについては本編の解説とは若干の疑義があることをネットで知った。それはアメリカが持ち込んだものではなく約100年前に日本人が沖縄に植えこんだという。しかし、この樹はアメリカの存在を象徴的に表現したと思えばいい) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/02 08:08
東京大空襲と花のこころA
「♪沈丁香の花咲けば おもいだす いもうとよ」、春になれば忘れないで、その香りが、この歌があの日の業火を思い知らせてくれる。1970年代の初め、江東区の婦人たちが「空襲の慰霊碑をつくる会」を設立。その運動の中で生まれた歌。目の前で母妹が炎に焼かれた橋本代志子さんに贈った永井和子さんの詩・「沈丁香の花といもうと」。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/01 07:57
東京大空襲と花のこころ@
大阪生まれの詩人・永井和子さんが札幌で燃える。東京・江東で詩(うた)った。東京大空襲がよみがえって書いた。花によせて残されたものの心を歌った。花は三月に咲く「はこべ」と「沈丁花」。友人の峯陽さんは「たんぽぽ」を寄せた。花が告発する愚かな人間の業を静かに記したい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/30 07:50
歌ってよわたしの詩たちE
楠の樹を、沖縄南部の風洞(ガマ)の傍らで見た。頭上にかざされた柔らかな若緑につい見とれてしまった。沖縄南部、周知のとおり第二次大戦中アメリカ軍の猛攻に住民の多くが追いつめられ悲惨な死を迎えた地域である。その場所は海に向かって頑丈な岩が立ちはだかっていて、背後も岩、さすがの海兵隊も攻めあぐねた要塞だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/29 09:07
歌ってよわたしの詩たちD
永井和子さんと言えば「大阪生まれの沖縄詩人」で通っていたが、今回の「歌ってよわたしの詩たち」は、まさに面目躍如たるものがある。収録された歌詩には生き生きした作品も多いが、そのあいだに挟んだエッセイと一体として、永井さんはこの「ふるさと」をわがものとしている。その一体性は、「首里から糸数までの十五キロを、「ひとあしひとあし」ふるさとを踏みしめて歩くことで象徴させている。(詩人・増岡敏和) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/28 07:05
歌ってよわたしの詩たちC
首里の日本軍が米軍の圧倒的な砲撃の前に完全に敗退し、事実上沖縄戦が終わったとされた日から非戦闘員であった住民は沖縄南部を目指して逃れて走った。それを追う米軍の攻撃で多大な被害者が出たことは周知の事実である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/27 07:52
歌ってよわたしの詩たちB
二十二年ぶりに沖縄に行った。マイナス一度の札幌から二四度の那覇空港に降りた時この温度差がそのまま私と沖縄の温度差ではないかと不安があった。読谷・残波岬のペンションで、朝食のあと新聞をひろげていたら読者欄の一文が目にとまった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/25 10:00
歌ってよわたしの詩たちA
燃えるデイゴの花のように/燃えるわたしの命の紅(あか)さ/ふるさと沖縄よ 想い胸にあふれ/ふるさと沖縄よ いつまでも(同誌ー4〜5頁・楽譜付・「永井和子沖縄散文詩集より) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/25 08:21
歌ってよわたしの詩たち@
「大阪生まれの沖縄詩人」といわれる詩人・永井和子さんが2003年に書いた「沖縄詩文集」・全33編です。第二の故郷・沖縄への彼女の思いが歌曲となり、風物詩となり、そして、あの地の人たちの心をないがしろにするものに怒りを顕わにし、手を差し延べ、憂いをともにします。沖縄の戦後は終わっていません。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/24 10:07
高齢者冷遇の政治ここにも
100歳以上の高齢者の所在不明が相次いでいることにからめて、年金不正受給がしきりに報道されている。自治体では、年金の不正受給がないか急ぎ対応するという、おまけまでついている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/09/02 06:54
悲業 樺太で自死の少女たち
8月20日、敗戦後も旧ソ連軍は執拗にサハリンを南下攻撃。殺戮の限りをつくし真岡市に迫りつつあった。そのとき真岡電話交換局の交換手たち、迫りくる暴挙を断固拒否。その証として青酸カリを服毒、非業の死を遂げた。聞こえてくる少女たちの声をハマナスに託して、想いを詩人・永井和子が詩(うた)った。   ▼ハマナス(季節の花 300) ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/08/20 05:08
「かぜくさ」 私の昭和史
宇和海に面した小さな城下町の山に向かう道は、四月の陽光のなかで野の花にあふれていた。その、ひとつひとつの花の前で足をとめ、痛いほど、どきどきする胸をおさえた。体じゅうの血がわいて、じんじんと痺れ、ぼうっとなる幸福感にたちすくんでいた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/30 07:08
席ゆずりにほっこり 小樽
ひなびた山の国民宿舎の温泉に行きました。帰路乗ったのは、昆布から小樽行きの単線。途中で、どっと二十数人の中学生が乗り込んで満員に。そこへ次の駅で、年配の男性が乗ってこられたのです。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/07/22 07:57
父子草 私の昭和史
晴れた日だった。父は、いつになく冗舌で、しきりと話しかけてきた。いつごろから父は、私を散歩相手に選ぶようになったのか。記憶をたどってみると、六歳の夏にさかのぼる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/17 07:41
三田の山は玻璃色の雨
「このこいさんに口をきかしたら、酒一升おごるでぇ」 カウンターでコップ酒をたのしんでいる男たちに、酒屋のおやじさんが煽るように声をかけると、「そらあかん、どだいむりや」常連の顔がひょうきんな手つきをした。どっと笑いがおきる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/03 12:59
沖縄 まだ名前を刻むのか
列島最北端・北海道・札幌から足しげく最南端の沖縄に通う詩人の永井和子さん。第二の故郷というオキナワに想いをよせること50年。彼女の数十冊におよぶ「沖縄詩集」のなかから四編を紹介しょう。65年前の今日・23日は日本軍の組織的な抵抗が終結したという日、慰霊の日だ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/06/23 08:48
あの安保 子離れの子守唄
テレビの画面から、熱気が渦を巻いてふきだしていた。腕を組み、叫んでいる。人々が踏みつける足の下で大地が揺れ、画像が揺れた。その震えが、私の体にも伝わってきた。国会を包囲した「安保改定反対」のデモは、連日、うねりのように日を追ってその量(かさ)を増大していた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/06/19 09:08
子守唄はもううたわない
「そうさ。だけど、ぼくは、真実の教育を受けてきたからね。この、ぼくの、家のなかで。」彼は言った。そして、うつむいて書きはじめた。ボールペンが紙の上できしんだ。力をこめているのだ。一字一字、刻むように書き上げた用紙を私の前に置いた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/05/18 09:49
「沖縄恋唄」 私の昭和史
「読ませてもらいまいた。」 阿波根昌鴻さんは、オレンジ色の表紙の詩集を、夕食後の食卓の上に、静かに置いた。島の土地を守りぬいてきた指で頁を繰った。たいせつな貝がらを開くように。それは、私が彼に贈った『沖縄詩集』だった。「このとおりです。」彼は言い、私を見た。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/05/14 08:34
小指の痛み 私の昭和史
アクセントの強い言葉に、テレビをふり返った。画面は、手刷りらしい文集のページを追っていた。「私は、何十名もの教え子を死なせました。終わったあとで、それが誤まった戦争であったと、知りました。」教師だった、というその人の浅黒い顔の前にすわり直した。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/05/10 07:45
沈丁花の花といもうと
1945(昭和20)年3月10日、東京大空襲。目の前で両親と妹さんを亡くした橋本代志子さんの痛恨の思いをつづった歌、「沈丁花の花といもうと」。70年代の初頭、「江東の空襲慰霊碑をつくる会」の運動のなかで、永井和子さんが彼女によせた歌。この23日に開催の「未来の江東区を考えるつどい」でその体験を語られる橋本代志子さんに再び贈ります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/05/09 11:51
十年目に建った母子像
「八万八千人が焼き殺されたというのに、なんにもないのですよ。」六十近いそのひとは、ひとことひとことを体の奥から探(さぐ)りだすように口にした。一九七二年の二月だった。古い石造りの図書館の前庭に、やわらかな冬日がさしていた。拾った小石をひとつずつ、ぽつりぽつりと落すように、そのひとは、東京空襲を語りはじめた。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/05/08 06:26
テント村訪ね 沖縄の話きく
この1カ月、仕事で沖縄に出かけていました。1日の休みもないような、忙しい滞在でしたが、辺野古のテント村を訪ねる機会がありました。一日中、テント村に座って、たくさんの話を聞きましたが、どれも心揺り動かされる話でした。別れるとき、「もし、海を守られなかったら?」と問うた私に、「必ず守りますと」。そして「どこにいても、私たちは心がつながっていますから」と言ってくれました。(札幌市 詩人 永井和子) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/02/06 09:07
詩と音楽を平和の花束に
「毎年、8月は平和を発言する月です。北海道詩人会議で、『詩と音楽を平和の花束にして』の集い(9日)を始めて、今年で13回目になります」こんな書き出しで、本ブログでもおなじみの北海道・札幌に住む詩人会議会員・永井和子さんの投稿が「しんぶん赤旗」(8月13日)に載りました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/08/14 06:38
『石碑の誓い』訪ねて 完
シリーズ「『石碑の誓い』訪ねて」(1975年8月15日・江東の空襲慰霊碑をつくる会発行)は今回で最終回となります。「作る会」に集った江東区・深川の婦人たちがあの凄惨な出来事を偲んで、それぞれの人が紙面に痛恨の想いを短歌で歌曲で俳句でつづりました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/22 06:48
『石碑の誓い』 訪ねてE
「私たちは今までに区内にある二十三の碑や地蔵尊、角塔婆を捜しあてました。そのほとんどが個人や町内の人々の善意で建てられ、守られているのです。何の公の供養も保護もなく風化の一途をたどっている現状をみると、空襲体験の記録とともにこれらの碑や地蔵尊の姿も今のうちに伝承しなくてはと心が焦ります」(「写真集・石碑の誓い」あとがき)ーシリーズ6回目となります。   白いばらの花の刺は    永井和子 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/10 07:18
『石碑の誓い』 訪ねてD
1975(昭和46)年、江東区の女性たちが「江東の空襲慰霊碑を作る会」を立ち上げ、運動を展開することあしかけ四年、区議会で全会一致の採択を見ながら実を結ばないことに業を煮やした女性たち。魂のこもった慰霊碑を作ることがどれほど切実な意味を持つかと発刊したのが「写真集・石碑の誓い」だった。     橋をわたると白いさざんかの花が    永井和子 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/08 08:12
『石碑の誓い』 訪ねてC
 そのオルゴールの音は、夕方家業のパッキング加工の仕事が終わって手を洗っている頃、ある時はお勝手で野菜をきざんでいる頃、また遊び呆けている子どもたちを呼んでいる頃、静かに聞こえてくるのでした。夕方の街を水色に浸していくような音色は、雨の日にはうるんで、お天気の日は軽やかに、また南風の吹く日は思いがけない近さで聞こえてくるのでした。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/04 06:56
『石碑の誓い』 訪ねてB
1976(昭和51)年8月15日、橋本代志子さんら江東区の婦人たちが発行した写真集「石碑の誓い」。その15頁にこの写真が掲載されている。江東区・森下二丁目の森下産院。あの3月10日・東京大空襲の業火で焼け落ち外郭だけを残している。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/07/03 06:47
『石碑の誓い』 訪ねてA
戦争体験のある私たちは「戦争」という過ちの上にさらに、「忘却」という過ちをくりかえさないためにも、最大の被害を受けた江東区の区民として、理不尽な死に追いやられた人々の心を深く受けとめ、若い次の世代に平和と生命の大切さを伝えて行かなければならないと思ったのです。(『写真集・石碑の誓い』あとがきから)       ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

2009/07/01 10:05
『石碑の誓い』 訪ねて@
1976(昭和51)年、「江東の空襲慰霊碑をつくる会」が発行した「写真集・石碑の誓い」に、運動と編集の中心になった女性たちの短歌、詩、想いがつづられている。それぞれが、今ひもといても胸に迫る。今回から写真をそえてシリーズでその一つひとつを転載していこう。今年の秋から冬にかけて東京大空襲訴訟の判決が下されるだけに多くの人にあのときの想いを反芻してもらえれば。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/06/27 08:23
朗読と音楽の集いin札幌
毎月2度送られてくる「9条の会メールマガジン(5月25日・71号)」に6月6日に札幌で澄川9条の会主催の表記の集いのお知らせが掲載されました。朗読は詩人の永井和子さんです。永井さんといえば本ブログで以前「憲法を詩(うた)う」という詩集を連続発信、好評を博しました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/05/31 08:44
桜 札幌にも春のたより
春のたよりが毎日のように流れていますが、札幌の桜はまだまだ。ようやく庭木の雪囲いがはずされ、木たちがうーんと腕を伸ばして、春の日差しを楽しんでいます。でもわが家では、一足早く桜が咲きました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/04/23 07:58
「食べ友」を持つと便利
独り暮らしの人が増えています。毎日、どんな食事をとっているのか、と同じ身として考えてしまいます。食べさせたい人がいなければ自分だけの食卓。納豆、みそ汁、塩さけ、漬物、たまに煮物をつくれば、つい作りすぎて、飽きてしまい捨てることになる。そんな苦い経験をした方も多いと思います。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/03/27 07:32
「赤旗・読者の広場」を読む
「しんぶん赤旗」日刊紙に「読者の広場」という投稿欄がある。毎日、朝一番で各種新聞を見開くことにしているが、比較的丹念に読むのがこの「読者欄」。それは時折旧知の友人の投書が掲載されているからである。ご無沙汰の友人の消息が文面から察知され、ある時はその時代に引き戻され、ある時は鼓舞され、元気をもらう。今朝は北の大地、札幌からの便りである。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/03/19 08:14
3月10日鎮魂と平和願う日
あの凄惨な夜から六十四年。戦争体験をみゃくみゃくと伝え続けてきた人も高齢化。そして、平和への願いを踏みにじるものの足音がひたひたと迫ってきた今だからこそ、戦争の惨禍を次の世代に語りつくさなければーの思いが高鳴ります。『過去の教訓を学ばぬ者は同じ過ちを繰り返す』との至言を深く胸に刻んで。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/03/10 06:07
東京大空襲と沈丁香の花
1945(昭和45)年3月10日、東京大空襲。目の前でお母さんと妹二人を焼き殺された江東区・森下の橋本代志子さんの無念の思いをつづった歌。「江東の空襲慰霊碑を作る会」の運動のなかで、永井和子が彼女に贈った歌。06年の『東京大空襲を語り継ぐ集い』の冒頭に歌われた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/02/13 06:28
さらに熱く憲法を詩う 終
<国民を疑う目>ピカリとカメラのレンズが光る/向かいのマンションの窓に望遠鏡が光る/電柱のかげからビデオカメラが光る/覗かれているのは市民、日本国民/軍隊の仕事だからという/軍隊の仕事が国民を護ることことだと信じているのかい? ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/26 06:53
さらに熱く憲法を詩う N
<エレベーター>八階にいるエレベーターと一回にいるエレベーター/アメリカが指示ボタンを押すと/上からは自民党、下からは民主党、大急ぎでやってくる/私の階でぶつかって身動きとれずに悩んでいる/下に降りて憲法を縛ろうとする法案から自由になるか/上まで突き抜けて本物の民主主義を解放するか/どちらを選んでも国民主権の階へくるしかないのに ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/23 06:13
さらに熱く憲法を詩う M
<何を守るのか>世の中には白も黒もあって 灰色もあって/どちらにもそれなりの言い分がある/それを教えるのが教育/政府が人の命より国家が大切と押しつけても/人の心はすぐには回れ右できない/だから「専守防衛」とか「核の力」とか言い出す/人間のいない「国」をどうやって守るのか ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/16 06:34
さらに熱く憲法を詩う L
<還暦>六十年たったから還暦 定年退職だ/年金が支給されるのは五年先/それまでどうやって食べるか/自助努力だという/だから核兵器を持てという/戦争できる国にするのだという/「憲法」に定年退職があるなんて聞いてないぞ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/10 06:36
さらに熱く憲法を詩う K
<悔しさの涙は>〜二〇〇七年七月二九日 血の色をしている/目からにじみでるものではない/身体の真中、乳房のあいだを落ちていく/慣れてしまっては駄目だ/溺れてしまっては駄目だ/明日の朝にはひらく朝顔のように/いのち咲かせる潤いでなければ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/09 07:45
さらに熱く憲法を詩う J
<集団自決>パワーハラスメントという言葉を知った/渡嘉敷島や座間見島で自ら命を絶った住民/「そういう教育だったからです」と古波蔵君/捕虜になるより天皇のために死ねという教育/言葉や雰囲気の暴力で追い詰められた住民の/「集団自決」という言葉を墨で塗りつぶすという/パワーハラスメントで娘は病み仕事を辞めた ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/05 06:18
さらに熱く憲法を詩う I
<礎(いしじ)の文字を>皺ぶかいてのひらが黒御影石に/刻まれた名前を愛しげになでさする/殺された身内の、自決させられた家族の名前/自分ひとり生き残った悔やみの泪でなぞる/米軍の再編強化をすすめると臆面もなく公言する/この国の首相の白い指がなぞる「美しい国」は/県民の祈りにかすりもしない ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/12/02 07:07
さらに熱く憲法を詩う H
きみは四つだった/きみは忘れない あの三月を/きみは三つだった/きみはわすれない あの八月を(きみはわすれない〜草土文化発行『疎開保育園物語』より)       きみは忘れない  永井和子 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/29 07:31
さらに熱く憲法を詩う G
街頭で税金や年金の話をしました。聞いた人から「国も、お金がないから仕方ないのよね」と言われた。とんでもない。軍事費にどれだけ無駄遣いしていることか、と訴えました。(札幌市・永井和子) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/27 06:46
さらに熱く憲法を詩う F
<はこべの花は>かあさん かあさん はこべの花は/どうして萌えるの春の朝に/どうしてゆれるの春の風に/焼かれた土を いちめんの/緑に染める はこべぐさ/つめたい三月 風にゆれて/吐息のような花をひらく/泪のような白い花を ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/26 06:16
さらに熱く憲法を詩う E
樺太を望む宗谷岬に建立された「氷雪の門」この立派な大きな「氷雪の門」の傍らに、小さな碑がある。昭和20年8月20日、樺太の真岡郵便局で9名の若い女性交換手が迫りくる戦火のなか、使命感のもと職務をまっとうし、ついに自決した事実を知らせる慰霊碑「九人の乙女の碑」である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/25 06:11
さらに熱く憲法を詩う D
早すぎると言われたが五月に種を蒔いた/暖かな陽射しにいっせいに芽を出した/双葉が本葉になり細いつるを伸ばした/つかまりどころがなくて風にふらふらしている/白いヒモを結んでやった/翌朝見たらしっかりヒモをつかんでいる/なぜわかるのだろう よりどころが <アサガオのつるは> ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/20 07:26
さらに熱く憲法を詩う C
独りで祖母の家に預けられた/学童疎開 ズックの靴を履いていたら/髪の毛が縮れていたら イジメ/みかん山の道を登って/群生する風草のなかに隠れた/風にゆれて色を変える風草の穂/戦争で殺された無数のいのちが光っていた <風草の記憶> ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/16 06:23
さらに熱く憲法を詩う B
自衛隊が駐屯する真駒内基地に隣接するマンションに住んでいます。「南区九条の会」のお手伝いをするようになって、「憲法」が日常生活の中で見えることに気付かされています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/14 07:56
さらに熱く憲法を詩う A
祈りー精進川の川沿いの道/雪が溶けると春の散歩道になる/フキノトウが立ちツクシがならぶ/キタコブシが咲く行き止まりまで歩みを返す/この青い空へとんでいってしまった命ひとつ/帰っておいで 真っ白なキタコブシの花になって/私は元気でいるよ  永井和子 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/13 06:15
さらに熱く憲法を詩う @
平和を守るために、大切なものが二つあります。知ることと、心動かされることです。永井和子の詩を聴き、平和について、明日の不安なく豊かに生きていける日本を、地球を、創るためのイメージを共有していただけたらうれしいです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/12 06:26
憲法を詩(うた)う −終ー
詩の冊子・「憲法を詩(うた)う」の最終ページには神野和博作曲による「I LOVE 憲法 I WANT PEACE」が掲載されています。各種の集会で合唱され好評を博しています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/10 05:35
憲法を詩(うた)う −17−
鳥の歌(とりのうた)−パブロ・カザルスの編曲・演奏によるカタルーニヤ民謡。原曲はカザルスの故郷スペイン・カタルーニヤのクリスマス・キャロル。1971年、世界国際平和デーに国連本部で演奏され全世界にながされた。鳥が「平和」とさえずるように演奏されることで有名、情感豊かな平和を求める歌。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/09 06:43
憲法を詩(うた)う −16−
愛国心 列島改造のツケが回って/薩摩川内町、さつま町、長野もズダボロだ/柱四本残っていれば適用されない住宅補助/こんなときにグアムへ引っ越す海兵隊に/八千万円の住宅を建ててやる/コイズミくん、あんたが要求する/愛国心はどこの国なのかね? ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/06 06:13
憲法を詩(うた)う −15−
黄金色の蝶 基地のなかに並び立つ ポプラの樹よ/あさみどりの春をむかえ/青嵐の夏をすごし いまは黄金色の秋/飛びたて 黄金色の蝶になり/にび色の戦車を阻め/死の匂いはこぶヘリコプターの翼を折れ/キラキラと 春を待ついのちの芽を守れ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/11/05 06:25
憲法を詩(うた)う −14−
やさしさ〜郡山総一郎さんの取材から まわりに散乱する家屋の残骸/欠けた食器や潮水にし浸った衣服を拾っている女性/十二カ国で十五万人を超えそうな死者/自然の楽園が一瞬に津波に呑まれた/タイのプーケットで声をかけたら/貧しい食事を差し出して言った/「ごはん、食べたか?」(永井和子・詩) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/29 06:48
憲法を詩(うた)う −13−
泪雪ー今年の雪は重くてじっとり湿っているよ/空から落ちてくるあいだに/壊されている命の泪を吸い取っているんだね/さらわれて殺された少女や/台風や地震で死んだ人たちの/ことにも無抵抗で撃ち殺されていく/ファルージャの人々の泪を ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/22 06:52
憲法を詩(うた)う −12−
テロは突然やってくる*気持ちよく晴れた朝 散歩に出た/ふきのとうは伸びきってタンポポは白い綿毛/アカツメクサの花をみつけた/泥色のトラックに若い自衛隊員の顔が見えた/銀鈴草を欲しがっていた友人に/まだ咲いていなかったよとケイタイをにぎった/その瞬間、隊員の銃口が私に向かって火を噴いた ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/21 07:18
憲法を詩(うた)う −11−
わたしが子どもだった頃/日本は戦争をしていた/おとなたちはみな/カーキ色の愛国心を身にまとい/国家に捧げた脚にゲートルを巻いて歩いた□わたしが子どもだった頃/日本は戦争をしていた/小学校は国民学校に名前を変え/天皇のために命をささげる/小国民を育てていた ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/20 07:16
憲法を詩(うた)う −10−
黒い御影石に刻まれた名前が/幾重にも並んで太陽にまぶしい/三カ月にもおよぶ沖縄戦で喪われた名前/殺された人、自死した人、飢えた人/確認されるたびに新しく付け加えられる名前/この哀しい列にまたもや名前をふやそうとと言うのか/給水活動も不要になったイラクに残る自衛隊ーまだ名前を刻むのかーまだ名前をきざむのか ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/12 06:38
憲法を詩(うた)う −9−
辺野古の海は水平線まで青だった/おばあたちが命がけでしがみついて/あらがっていた鉄柱はは消えていた/この青を力づくで奪うたくらみを/今日も、おばあたちは睨みつけている/ジュゴンとウミガメが背伸びして睨みつけているー平和の青 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/10 07:13
憲法を詩(うた)う −8−
街角で子どもたちが/「また、明日ね」と手をふっている/六十年前、絵を描く事も、ピアノを弾くことも/宇宙の真理を見極めることも、恋も/生きる喜びのすべてを諦めて/銃を肩にこの国を出て行った青年たちがいた/「また、明日」がなかった日本 (明日がある今のうちに) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/07 07:50
憲法を詩(うた)う −7−
台風、台風、台風、地震、大津波/地球は本気でおかしくなっている/温室効果ガス削減を決めた「京都議定書」が/2005年2月16日発効になった/安全な地球を長生きさせたい人よっといで/アメリカ以外はみんな来た/早く、こっちへおいでよ ブッシュくん (京都議定書発効) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/06 07:14
憲法を詩(うた)う −6−
生きてください と言った/その夜焼かれて死んだ人々が/戦争だとも知らずに死んだ人々が/テンノウの眠りを妨げまいと/警報を鳴らすのを控えて不意打ちされた/東京の下町/無差別の殺意を降らせた三百三十四機のB29/血に染まった翼/道は火の道になって燃えた/川は炎の川になって燃えた・・・ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/10/04 07:13
憲法を詩う 永井和子 D
 夜明けの前が一番暗いのだと/私たちは知っている/冬が厳しいほど/春ははじけるようにやってくるのだと/私たちは知っている/明日は、明るい日だと/知っている ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/09/30 06:57
憲法を詩う 永井和子 C
ふきのとう いちばんさきに/みつけるのは だれ?/それは大地/重い雪の下でじっと抱いてきたのだから/香りをはこぶのは風/春色に変わった青い風/わたしたちの胸に希望を吹き込んで ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/09/28 08:03
憲法を詩う 永井和子 B
(うた)「戦争はダメです」ゲゲゲの鬼太郎の水木しげるさんは、言いました。「平和はあったかいものです」ある詩人が言いました。二度と戦争はしない、武器は持たない、殺さない、と約束した日本の憲法がいま、壊されようとしています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/09/26 08:13
憲法を詩う 永井和子 A
   私は日本国憲法です ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/09/25 07:36
憲法を詩う 永井和子@
 札幌市南区に住む永井和子(72)さんから、詩の冊子『憲法を詩(うた)う』が送られてきました。「改憲の強引な動きにせかされて、五十編近くの短詩にしたものを集めた」といいます。  冒頭の詩、「わたしは日本国憲法です」では、勤労権の27条、教育権の26条、生存権を保障した25条に続いて、憲法九条をこううたっています。(しんぶん赤旗/2007年5月29日付ー「守ろう憲法9条 列島各地で」) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/09/24 08:06

トップへ | みんなの「永井和子」ブログ

満州っ子 平和をうたう 永井和子のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる