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zoom RSS 早乙女勝元さんと憲法

<<   作成日時 : 2008/11/28 06:46   >>

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過去は未来のためにあります。遺族の痛恨の思いに心をよせ、運動を始めて三十年です。今日それが実りました。多くの人の協力、ご支援に感謝するとともに、体験者は高齢化しています。ここをつづけて「平和の砦」にしていきます。(2002年3月9日、戦災資料センター開館式で挨拶する)

  平和への思い語り継がねば  早乙女勝元

八月十五日正午、旧向島の半焼けの家で、あのラジオ放送を聞いた私は、十三歳でした。もはや神風が吹く気配はなく天皇は自分と共に死んでくれ、というのだとばかり思っていました。ところが、「国体は護持し得て」本土決戦前に、敗けて終わったという。そのとたん、なあんだという気がしました。戦争はそんなに簡単にやめられるものなのか。ラジオ放送一つで。ならば、せめて半年前に、やめてもらいたかった!

そうすれば、東京大空襲も、沖縄の地上戦も、広島・長崎の原爆もなくてすんだのです。結果として、どれだけ多くの人命が救われたことか。私が生きのびた東京大空襲では、一夜にしてなんと十万人もの生命が失われたのです。厚生労働省による、日本人の平均寿命の統計をご存知ですか。戦争最後の年に生まれた赤ちゃんの平均寿命は、男23.9、女37.5.当時の人口や死亡数からの推定です。ぎょっとする数字ですね。ちなみに翌四六年は、男42.6、女51で、平和になったら、ぐぅんと伸びています。

  平和憲法あればこそ

それから六十年もが経過して、世界長寿国になったのは、医療や経済が進んだこともあるけれど、根本には戦争放棄と戦力不保持の平和憲法のおかげです。ところが、戦後五年目にアメリカの指示で創設された警察予備隊は、保安隊から自衛隊へ、ついにイラクにまで出動の非常事態を迎えています。でも、これまで直接攻撃型の軍事大国にならずにきたのは、三つのブレーキが効いていたからです。@憲法九条、A労組や市民団体の平和運動、Bアジア諸国の警戒心などですが、その@が政府によってはずされようとしています。すなわち「改憲」の動きが、急を告げてきました。もしも憲法九条が変えられたら、それは福祉と人権と、平和の大ピンチです。

  この子たちの未来のために

わが家には、二人の孫がいます。下の男の子はまだ0歳ですが、その安らかな寝顔を見ていますと、この子たちは、これからどういう社会と、国のありようを考えているのだろうか、と思います。「戦争できる国がいいいんだョ」なんて子は、一人もいないはず。この子たちの未来のために、オジンもオババも、ひとふんばりの時です。働きがいのある時代になったものだと思います。

画像
戦後60年にあたり、早乙女勝元さんから扇橋診療所友の会・機関紙「けんこう8月号」によせられた一文です。

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