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<<   作成日時 : 2009/01/18 08:01   >>

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亀戸7丁目マンションに一年前に転居した今井栄一さん。「この町がとても好き」という。今回から江東年金者組合の江東支部・機関紙「年金・江東」の「人」欄の記事を順次掲載していきます。それぞれの人の半生が語られ、好評を博しているものです。一幅のドラマが展開されています。

  憲法9条の語り部 今井栄一さん

今から約80年前、当時亀戸はは大工場を中心に工業地帯。南葛の革命的労働運動発祥の地。七丁目には東洋モスリンがあった。12歳から身売りさrた少女たちが朝4時半に起こされて昼夜二交代、12時間もの過酷な労働で多くの少女たちは結核に倒れ、貧しい故郷に帰された。

1930年ついに少女たちは白はちまきに赤たすき姿でストライキに立ち上がった。今では想像もつかない少女たちの苦しみとたたかいの歴史のなかに身を置くと「熱い血が騒ぐ」と今井さん。現在、河合義虎ら10名が虐殺された亀戸事件追悼の行事に携わっている。

  地域で青年運動、子供会、平和運動に

「深川生まれ、父は正義感の強い仕上げ工。貧乏育ちの私は、義務教育もそこそこで給仕となって働いた」そんな生い立ちが紡績工場の少女への思いに胸をはせるのだろうか。「戦後、この戦争が侵略戦争で、命がけで反対し、主権在民、反戦平和の旗を守ってたたかったのが日本共産党であったことを知り、20歳で入党」。

争議の最中、「警官と暴力団が会社とぐるになって弾圧・検挙された」という。その後は「労働組合書記のかたわら、地域で青年運動、子供会、平和運動など妻と一緒に取り組んだ」。「よりよい社会を作るには働くものこそ知識、教養、技術、文化を」と書籍普及活動を始め、工場を巡り、昼休みに本を売ったり、今井書店と亀戸に書店を作ってきた。

  区議を経て「憲法9条の語りべ」に

1969年、不破衆院議員誕生とともに地元秘書を五年間。1975年江東区議会議員に立候補、以来六期、24年、区議団団長などを務めた。一番有名な仕事は子どもたちも知っている「花火のおじさん」。「楽しい町おこしは住民の共同で」がモットー。町ぐるみで進めてきた。

今、一番力をいれたいのは「憲法9条の語り部」。国民投票法案など重大な情勢。「これまで40、50人ぐらいの集会で講師をやった。これも大事だが、みんなの疑問や質問にも答え、私も学ぶには、小さな集まりでもいい。どこにでも出かけますよ」と。

「七年前の緑内障の手術後、今では視力は若者並み」という。「お体はいかがですか」と聞くと「病気を並べ立てたらきりがない」と笑う。奥さんは病気がち、そのほうが心配そうな表情。「かみさんの手を借りなくてもちゃんと食べられるよ」と「肉じゃが」の鍋のフタを開け、見せてくれた。(木村清子)
 写真(左)今井栄一さん
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