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<<   作成日時 : 2009/02/14 09:19   >>

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木村清子さんー江東区の年金者組合は今年で20年を迎える。その間、順風満帆で推移してきたわけではない。さまざまな曲折を経て現在は、300人を超える江東区でも有力な団体に成長してきた。その下支えをしてきたのが彼女と誰しもが認めるところ、いわば中興の祖と言ってもいい。その人の半生のドラマの一端がここにある。

  今もよみがえる苦難の時代、幼いころの父の姿
 
 岩手県の出身者と聞いていたが戦争中の疎開先だったのだという。小学校2年から高校1年までだったが終戦の年にお母さんを亡くされている。まだ四十歳代。その後お父さんは一人で五人の子どもを育てた。そのお父さんの姿がよみがえる。「四十年前の八月十五日、私の父は最期を家族に看取られず柏市の病院で急死した。丁度その日、お盆休みを利用して私は三人の子どもたちを車に乗せて好物のうなぎ弁当t枝豆を持って父の見舞いに行った」

 「病院を見回すとベッドに父がいない、看護婦が飛んできて地下の一室に私たちを連れていった。そこは霊安室だった。(会社を連絡先にしていたので知らなかった)」

  亡き父への想いが認知症グループホームづくりへ

 「独り暮らしをしていた父は高血圧と認知症がひどくなり突如、人格が変わったかのような父を介護の限界と感じ老人病院に入院させた。わずかの酒を飲み、孫と遊ぶのがなによりの父は、見舞いにいくたびに帰りたいとせがんだ。病院の門を見つめながら、最後の人生をこんな形で過ごさせていいのかと涙がでるほど苦しんだ。(ここまで本人の述懐)

 亡きお父さんへの負い目、悔やんでも悔やみきれないと目をうるませる。認知症のグループホームづくりは、お父さんへの想いーでもあってスタートしたわけだが、最近の対区交渉には部課長もそろって出てきて好意的であるという。区も公設で作りたいという方向を模索しているように思えると明るい展望を語った。

  年金者組合での奮闘も無年金者への気配りから

 お父さんは、無年金者だったのでその大変さは身近にかつ、骨身にしみてわかる。年金者組合への加入はそんなこともあって積極的。岡田公明前支部長との二人三脚は、江東支部の強大な支部つくりを実現した。手始めは、役員体制の確立にあった。「事務局長に立候補し、地からある方々に役員をお願いし、三百人の組合員で、15周年を迎え、また今年20周年を迎えることができた」という。そのプロセスの中ではかなりの無理もあったが顕著な成果を見て今日にいたっている。

  体調をくずし事務局長退任したが、気力は充実

 無理がたたって体調くずしたが、六十三歳からはじめたヨガ体操がサポートしてくれる。趣味は登山、夫の直(すなお)氏と一緒のことが多い。なれそめはと聞くと、「うたごえサークル」、歌って踊っての時代だったと懐かしむ。二十三歳での結婚というから「金婚式に年ではないの?」と水を向けると「あ、そう」とかわされた。あらゆる苦労を自らの血肉とする、すごい人である。(聞き手・佐藤睦郎さん)

画像
 右端が木村清子さん


 

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