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zoom RSS この人 心のファイル K

<<   作成日時 : 2009/02/28 08:14   >>

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東 巨剛(ひろたか)さんー1936(昭和11)年鹿児島・国分市府中に三男三女の長男として生まれる。南に噴煙たなびく桜島、北は高千穂の峰を主峰とする霧島連峰に抱かれた育った。都議を六期務めた江東区では著名人だが、あまり知られていない生い立ちと料理の達人。

  桜島の噴火を想わせる 情熱と優しさを秘めた人
 
 終戦直前の3月、突然B29の空襲で村の半分が焼失した。その時、爆弾の直撃を受けて亡くなった亡くなった隣のおばさんの枕元で泣いていた二人の姉妹の姿をわすれることができない。「このことが私のその後の生き方の原点」という。昨年(04年)94歳で亡くなった東さんの母親は、戦後の食糧難の時代に、6人の子どもを育てるために、「朝はこぶし大のカボチャ、サツマイモの蔓をいためて食べさせ、昼は何を食べさせようかと梅雨の雨だれの落ちる軒先に立って思案に暮れた」という。

 父親は、県職組と自治労県委員長、後社会党の県議、県農民組合委員長、県革新懇代表委員などで活動、1990年に亡くなった。

  常に労働者と弱い者の立場にたって
 
 「戦争と貧乏をなくしたい」24歳で東さんは、共産党員になり、以後50年。江東金属労組をつくり、低賃金・無権利の労働者の組織化、元衆議院議員の地元秘書などをつとめ、常に労働者と弱い者の立場に立って活動してきた。
1981年都議選に出馬、初当選。以来、「墨東病院の増改築、新砂・高齢者医療センター・複合施設の実現、区内河川の改修で遊歩道建設、地下鉄バリアフリー化などを実現した」という。

  料理の達人ー「ちらし寿司と煮物」が得意
 
 暇をみては冷蔵庫にある材料で何でも作る。得意は「ちらし寿司と煮物」だという。ちゃんと昆布、かつぶし、椎茸でダシをとる。時には事務所でも手料理をつくりみんなに御馳走することもある。「小2の頃、母親が買い出しに出かけた留守にかまどに火をつけご飯を炊いておいた。帰ってきた母に大変喜ばれ、近所のおばさんたちからもほめられったのが料理好きのきっかけ」だという。

 いま朝5時すぎに起き、黒酢と蜂蜜のお湯割りを飲んでから、近くの仙台堀公園を歩き、ボート乗り場でみんなでラジオ体操が日課。とにかく足が速い。福祉切り捨ての冷たい都政に怒りを燃やし「子どもとお年寄りは社会の宝。そんな都政を」といい、自分の思いを後継者の畔上三和子さんへと東奔西走の毎日だ。

 桜島の噴火を想わせる情熱、そして優しさを肌に感じる。 (木村清子記)
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