満州っ子 平和をうたう

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<<   作成日時 : 2009/03/21 06:04   >>

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長谷川陽子さん・社会保険労務士ー1945(昭和20)年10月26日生まれ。終戦の年なので覚えやすい。杉並区は焼け野原にこそならなかったが「母は私をお腹にかかえ苦労しただろうな」と語った。二十歳まで杉並区にいた。二十歳で結婚した。ビルの屋上で青空コーラスがあった。「主人とはそこで知り合ったの」。

  六畳一間だったけれど 楽しかった
 
 なれそめを聞くまでもないという感じで、すらすらと当時を語った。彼は「臨時職員の正規職員への登用闘争」の先頭をきっていたので解雇された。後に、その闘いは和解。現場復帰を勝ち取るわけだが新婚早々の生活は大変なものだったという。
 六畳一間の何もない生活。だけど楽しかったという。何とはなしに「神田川」のうたを思い出してしまった。当時陽子さんは頚腕症候群で休職していたので友だちが見舞いに来てくれたのだが、あまりの貧乏生活に涙が出たと、後で聞かされたという。それでも、当時は意気揚揚としていたのだから若さってすばらしいなあと思う、とふりかえった。

  四十九歳で社会保険労務士に合格

 長年勤めた会社を退職した年に資格試験に合格した。四十九歳であった。試験勉強はその二年前から始めていた。開業は五十歳からだそうで意外であった。なぜなら、多方面で活躍されていたので長い経歴を予想していたからである。
 司法書士としてのご主人と「長谷川合同事務所」でともに仕事をされていらっしゃる。資格をとって、さてどんな分野の仕事をしようかと考えていた時、「基礎年金番号の切り替え」ということで年金問題がクローズアップされマスコミも騒いでいた。「年金がおもしろそうだ」と専念する。

  年金コンサルタントとして東奔西走
 
 年金者組合江東支部の岡田公明支部長との接点は平成九年から、このときからの組合員である。江東区の高齢者集会での助言者として集会を支えてきた。テレビとの関わりは平成十六年、TBSテレビの年金特集の企画を担当。そのうち顔もだしてほしいということになり表舞台へ登場。テレビ朝日、しんぶん赤旗、日経新聞等々。いずれも好評で企画は延長。「話が分かりやすい」とのことが定評」になっている。

  「ねんきん特別便」の助言と著書も出版
 
 このような取り組みを本にしたらということで新日本出版社から著書をだすことになったのである。とりわけ焦眉の「ねんきん特別便」のよきテキストとして飛ぶように普及された。得難い人材の長谷川さん。奔走の毎日が今日もつづく。
長谷川事務所・江東区東陽4−3−3(03−5606−8927)セントラルタワーー201号室
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