畏友 坂本伸夫さん一周忌

昨年4月28日、畏友坂本伸夫さんが亡くなられました。もう一年になります。「いま、坂本伸夫さんが亡くなられたことを知りました。残念、無念です。この道一筋に生きてこられた人です」。昨年、4月29日夕方訃報を知った私が友人に送ったメールの一節です。北砂のSさんからは「通信、悲しみの中でみました。写真も大事にしたいと思います」と。

   悲しみのメールが飛び交いました
 
 「あらゆる運動に真っ直ぐな人。優しくもあり、剛直、真摯、すぐ駆けつけたいが、家族だけの密葬にするとか、いずれ『偲ぶ会』をやられるとのこと、昨日知りました。『私も残された一年、一年、日々をたたかいぬいていきます』と心に誓いました」。(北砂・Kさん)「坂本さんを送る貴兄の言葉、心にしみました」。(南砂・Sさん)

   順序が違うぞ!彼は私の了解を得ず先に逝った
 
 「坂本さんは昭和15年生まれ、私は昭和7年生まれの8年年長。あの15年戦争のなかで幼少期を過ごした同世代だ。だから「戦争はもうさせない」の想いは一つ。一昨年の暮れ、同じ病を患い、ともに励ましあいながらの闘病一年半だった。しかし、彼は私の了解を得ず先に逝った。知らせを聞いて「順序が違うぞ!」と叫んでいた。この道一筋、人のため、信念を貫いた坂本伸夫さん。今はもう彼の遺志を継ぐ思いでいっぱいだ。安らかに眠るのではなく、目を見開いて見守ってくれ!」(永井至正)

  ▼あの日は笑みを浮かべていたのに
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 無名戦士の墓に合祀

 平和と民主主義、国民の暮らしを守るために活動し、亡くなられた方々を追悼、顕彰し、ご遺族を励ます第62回解放運動無名戦士の合葬追悼会が3月18日、東京・新宿区の日本青年館で開催されました。
坂本夫人、日中友好協会江東支部の関係者、友人が参列しました。式典舞台には遺影を飾り、個人の生前の活動をたたえ、式典を終了し、その後青山霊園に向かい、「解放運動無名戦士墓」におまいりしました。(日中友好協会江東支部「事務局だより」より)

 

  

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