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<<   作成日時 : 2009/08/30 06:20   >>

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 木村 直さん(81)ー学習会や室内での集会があるときまって最前列に座りかならず発言する。とても目立つ人なのでいつか話してみたいと思っていた。誰かが前に座らなければ後に続く人がいない。せっかく参加したのだからしゃべって何か得なければ・・・とさらりという。今どき珍しいというか。恐る恐る取材を始めた。(聞き手ー佐藤睦郎)

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   軍国少年の作文
 
 1928年2月14日、大田区・久が原で生まれた。「高橋大将のように殺されると(2・26事件)いやなので、中将くらいでやめておきます」小学校二年の時の作文だそうである。1942年(旧制中2)陸軍幼年学校受験。体格検査ではねられる。

 1944年学徒勤労動員中に胃病になる。1945年7月1日、航空士官学校出の兄が、沖縄偵察飛行の帰路、熊本上空で敵機に撃墜され戦死した。母の嘆きようは、今でも忘れられない。疎開中に久が原の家は空襲で焼失した。焼け跡のバラックで母は死んだ。1948年、終戦直後の混乱の中でのことである。その後、川崎の大工場(昭和電線)に就職したがレッドパージでクビ。

   
共産党を知った

 総選挙の演説で「戦争に命をかけて闘った人々と政党の存在」を知り感動。1951年、朝鮮戦争反対などのビラをまいたということでMPにつかまるも、日米講和条約発効で訴追が免除された。レッドパージが1950年だから、戦後史をそのまま生きてきた貴重な人生体験者である。

 レッドパージの後七年間共産党の専従活動。その後港区でガリ版印刷からスタートして2000年まで印刷業を営む。その間、港区民主商工会長八年。うたごえ運動で清子さん(前江東年金事務局長)と知り合い結婚。江東区に五十年暮らす。

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   民主運動幅広く
 
 年金者組合、国民救援会、江東平和委員会代表、消費税をなくす江東の会代表世話人、東京大空襲を支援する会役員など。平和、生活と民主。生きるために大切な運動に関わっている。青年時代、就職四年間の年金支給もれの回復手続き終わる。だけど未だにお金は来ないと怒る。

 趣味は山歩き、読書(推理小説)、うたなど。趣味といっては何だが街角演説がすき。もっとやりたい。子ども時代、内にこもり話すのが苦手だったのに、不思議である。


 大病を克服して、あと二十年は生きぬける気持ちがしている。百歳まで生きるというから何ともすごい人である。

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