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zoom RSS 日本の戦後処理を問う集会

<<   作成日時 : 2009/09/17 07:19   >>

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「東京大空襲訴訟・原告団ニュース第16号」(2009年9月1日発行)をいただきました。今回は去る8月1日、浅草の区民会館で開かれたシンポジュウム・「日本の戦後処理を問う」8・1集会」の特集号で、5人のパネラーの冒頭発言が詳しく報じられています。
   
   真剣に聞き入る、会場にあふれる参加者

 東京大空襲訴訟の勝利をめざす8・1集会は、330名の参加者であふれ、和歌山、兵庫、大阪、長野など遠方からの参加者や若者の姿も目立ちました。画像

  戦争は最大の犯罪です

 ●城森副団長ー世界も日本も変化の時代と述べ、結審から2カ月、裁判所は、判決の日を言ってきていません。国は、棄却を主張し受忍論で民間人は我慢せよといっています。みなさんのご理解を得て、戦争は人類最大の犯罪であり、憲法を守り、最後まで闘おうと呼びかけました。
  
  裁判所は世論に敏感!
 
 ●鎌田弁護団事務局長代行ー詳しくこれまでの裁判の経過を述べ、大10回口頭弁論の報告冊子を読んでいただきたいとよびかけ、弁護団が力を込めたものだと報告し、「裁判所は世論に敏感です。広く世論を形成し裁判所に迫っていく、原告団と一緒になって頑張っていきます。」と、それぞれ開会挨拶を行いました。ひきつづき中山武敏弁護団長のコーディネートでパネルディスカッションに入りました。
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  戦後の後始末をきちんと

 ●星野原告団長ー「戦争の後始末をきちんとしてください」と国に対し謝罪と補償を求めてきました。国に対し、弁護団は空襲の被害の資料提出を求めましたが提出されたのは日本全国で空襲死者29万人という資料です。戦後64年追跡調査をしていない証拠です。空襲で重い負傷を受けた人をはじめ被災者は今でも辛く悲しい暮らしを強いられています。

 一方、軍人、軍属には、戦後48兆円の年金や補償を行っています。民間人には1円も出さず後始末は終わっていません。台湾の空襲被災者から手紙を受け取りました。何の救済もしていないと訴えています。侵略戦争で植民地にした国、アジア諸国のの戦争被害者とも連帯し戦後処理は行うことが求められていますと述べました。


 ●田中((日本被団協事務局長)さんは、「中1のとき長崎で被爆しました。12年間原爆は放置され、ビキニの被爆があって原爆の恐ろしさがわかって運動が広がり35年間闘っています。国は死んだ人たちはには絶対に補償しない。軍人と民間人の差別、これからも自衛隊と市民は完全に差別されるということです」

 ●前田(ジャーナリスト)さんは、「重慶爆撃訴訟は、2006年に提訴しました。今日まで10回の口頭弁論がありました。同じ東京で二つの裁判をやっています。このことは歴史的には重要です。日本は中国に敗北し、アメリカに降伏した。この事実をアジア・太平洋戦争と位置付けられなかった。賠償の問題はアジアの中で歪められています。いま、アジアの民衆と向き合う必要がある」と報告しました。

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 ●藤森(朝日新聞記者)さんは、「新聞は3月10日の空襲を報じなかったが、3月18日の天皇の被災地巡幸は一面トップで大きく報じている。政府の発表はウソで事実を知らせない。現代の人に戦争責任は誰にかるか、のアンケート調査では、1位軍人81%、2位政治家78%、3位報道51%、4位天皇33%、5位国民9%でした。犠牲になるのは常に市民、戦争責任のある人が、もっとも報われています」と結びました。

 ●上原(元国立市長)さんは、「戦争責任は、@戦争を起こした責任、A戦争を長引かせた責任、B巻き込まれた人の責任がある。しかし、田母神元空爆長は8月6日に広島で市長が追悼の日の変更を申し入れたが拒否し、『核武装しろ』と言いまくっている。何が起きてどうなったか、いま、私たちは声高に言っていかなければならない。事実を明らかにしていくことが大事」とのべました。


解説】朝日の藤森記者が発言の中で、天皇の被災地巡幸について作家・堀田善衛氏の一文を朗読されたが参加者は身を乗り出して聞き入っていたのに強い印象を受けた。以下その一文を紹介しよう。
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 「私と天皇裕仁(ひろひと)との出会い」 
         堀田善衛

 
 ・・・・・・一九四五年三月十八日、親しくしていた友人が深川にいたので、その消息を確かめに、深川の富岡八幡宮の傍を歩いていた。いちばん被害の大きかった地帯でしたから、ほんとうにすべて焼け野原、ただ呆然と焼け跡にたちすくんでいました。

 すると、私のたっていたところから二百メートルほど先のところへ、小豆(あずき)色のベンツの一隊が現れた。そのベンツのなかから出てきたのは、ピカピカの長靴を履いて、軍刀をぶらさげている天皇裕仁でした。見に来るほうも見に来るほうだと思ったのですが、まわりの連中は天皇の姿を見ると一斉に土下座して、「陛下、われわれがいたらないせいで焼けてしまいました」と謝っている。いったい、どっちが謝るべきなのか・・・・・・ 

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