満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「雲流るる果てに」 −1−

<<   作成日時 : 2009/12/22 06:38   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

植村真久[うえむら・まさひさ]立教大学・東京都出身、神風特別攻撃隊・大和隊、昭和19年10月26日、フィリピン・セブ島から3機発進してレイテ湾に向かったが全機帰らず。25歳(「雲流るる果てに」ー13ページ)

  愛児への便り(遺書)

 素子 素子は私の顔を能く見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳子伯母さまに私のことをよくお聴きなさい。私の写真帳もお前のために家に残してあります。素子という名前は私がつけたのです。率直な、心の優しい、思ひやりの深い人になるやうにと思って、お父様が考えたのです。

画像
 私は、お前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、しあわせになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても、決して悲しんではなりません。お前が大きくなって、父に会ひたいときは九段へいらつしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。

 父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると真久さんに会ってゐる様な気がするとよく申されてゐた。
 
 またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に萬一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護ってをります。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。

 お前が大きくなって私のことを考へ始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。

  昭和19年〇月吉日                                  父


画像

  植村素子へ

  追伸 素子が生まれた時おもちゃにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。
 だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げます。


〔解説〕植村真久中尉は立教大学出身。学生時代はサッカー部に所属していた。上記写真は遺族会で舞を披露する素子さん。昭和27年頃だったか、まだあどけない少女時代にお会いしたことを記憶している。彼女もまた立教卒。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「雲流るる果てに」 −1− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる