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zoom RSS 「雲流るる果てに」 −2−

<<   作成日時 : 2009/12/25 09:37   >>

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緒方 徹[おがた・とおる]京都大学法学部・熊本県出身ー昭和19年12月25日、フィリピン・ミンドロ島サンホセ攻撃で戦死。海軍中尉・25歳。(「雲流るる果てに」15頁)
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  詩集「轉輪羅針儀」より

  星 (17.10.15)

お母さん
星を仰いでは、つい漏れてくるこの言葉
南から北にかけて
数え切れない星が流れてゐる

弟よ妹よ
お前達の安らかな眠りのうちに
星は北から南へ流れてゐる

お母さん
南から北へ 北から南へ
交叉する星の流れるところ
母の魂は憩ひ給ふ

お父さん
母の大好きなお父さん
弟や妹の大好きなお父さん
お父さんは 今どこに住み給ふや
星を仰いではこぼれる言葉
星は流れる 星は流れる

 
  「注」(作者自註)子供染みた表現なるが故に却って懐かしい

  同 志(とも) (17年10月26日)

おれは利己的だとなげく奴もゐる
おれは女蕩しだったと云う人間もゐる
黙ってせゝら笑ふ男もゐる
そいつらが酒保で騒ぎ
教練で足並みを揃えてゐる
わめき声の底に 靴音の波の中に
一つの真心が通ひ始めた
みんな立派な同志だ
病める時はいたはらう
嬉しい時は輪をくんで踊ろう
腹が減っても 肉が痩せても
この同志とともに生死を賭けよう
「貴様」と「俺」とで国を護るのだ

 
 「注」(作者の自註)俺の信条の一つの現れである「病める時はいたはらう・・・・・・」以下は省略した方がよいと批評
 してくれた友人もある。又、詩としての調子なしと教へてくれた友もある。この頃では詩のリズムという事に就いて
 は無頓着だった。今思っても懐かしい。詩はリズムなくしてはない。併し、又、詩は真実でなくてはならぬ。ここの
 ところ仲々難しい。之は現在の私の苦しみである。

  
  思 ひ (18年2月16日)

遺書でも書いておかうと
静かに想ふ日が続く
心が豊かといふでもない
といって
気が荒んでゐるのでもない

ハンモックの小さな寝所(ねや)に身を沈める時
己の死の際の有り方を
いろいろ考へる夜が多い
そういう時に
母と弟妹(はらから)の優しさが
しみじみと体を包んでくる

静かな一時
分からぬまゝに
遺書でも書いておかうかと思ふのだ


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  詩集「千鳥より」より
  
  菫 (妻をおもひて) (19年6月)

菫が咲いてゐた
夕日が映えてゐた
石ころが
歩くふたりの胸の音を
微かに聞いて
ころがって行った

  
  蕨 (妻に寄す)

何処にでも生えてゐる蕨
その毛むくじゃらの緑葉懐かしく
天蓋山より持帰り
押草の一つに加へぬ

内地ならば一と月か二た月
早く芽をふく此の蕨
食膳の一つまみにも
夕べの恋情を仄かにかきたつるものよ
我が妻も 此の草採りて
陰膳の虔しき祈りとせしや

遥けくも南にはせし弟と
北に巣ごもる此の兄と
二つ並びし陰膳の
虔ましき祈りとせしや

母弟妹(どち)もともに集ひて味せしや
その香既に干からび
その色は既にあせしも
我が心見るにつけ
恋(おも)ふ我が家の山

  
  「注」 詩集の中に菫の押花が一輪同封されたあった)

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