満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「雲流るる果てに」 −6−

<<   作成日時 : 2010/01/12 07:57   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

林 憲正 [はやし・のりまさ] 慶応義塾大学ー愛媛県出身ー昭和20年8月9日(あと6日で終戦)、神風特別攻撃隊第七御楯隊第二次流星隊で出撃、本州東方海上にて戦死。海軍中尉、25歳。(「雲流るる果てに」−35〜43頁)
[注]彼の遺文は「きけわだつみの声」にも掲載されている。
画像
   日  誌  (散華当時迄)

 4月3日(月) (昭和19年)

 もう4月である。今日の外出で櫻の花が咲いてゐるのを見た。米子女学校の櫻並木も相当ふくらんで来た。春である。春が来たのである。然るに我々の飛行作業の進捗ぶりはどうだ!未だ単独は遠い未来の夢の如く思はれる。飛行機のむづかしさを近頃しみじみと感ずる。

 外出。クラブで Beethoven のヴァイオリン・コンチェルトとバッハを聴く。 Oh! gott!!

 私のこころは何故か悲しみに充ちた。死といふものを私は脱却出来ないのである。死にたくないのだ。今一度、父母の前で酒を飲みたいのだ。そして思ひきって優しい言葉の一つもかけてみたいのだ。この前の外出日の帰りだったか、私は過去において親不孝ばかりして来たやうな気がしてならなかったのだ。そのやうなこゝろを抱いて、冷雨に濡れながら帰ったが、今日もそのことがおもひ出されてフッと感傷にふけったものだ。然し軍隊である。生と死の境界に我々は置かれているのだ。ひとは私を明朗でサッパリしてゐると云ふ。その実、私の見た私は実に小心です。サッパリしない愚劣な人間なのだ。

 我々に明日はない。昨日もない。ただあるものは今日、否、現在のみ! この考へに徹しなければならぬと感ずる。日曜の夜は誰でもが一応感傷を抱くらしい。私もその一人であらう。

 
 7月22日(土) 晴

 昨日「天翔る学徒」と云ふ海軍飛行予備学生を対象ととして取扱った小説を読んだ。相当な感銘を受けた。私の周囲のことが凡て些細なことのように思はれてならなかった。私は「私」のことばかり眺めてゐるにすぎない。そして「私」に関することなどは今や卑少なものと思へて来たのである。

 私は恋人の為に死すことの出来る人間を知ってゐる。私自身も或ひはそのやうな場合があれば、愛人の為に死ぬことが出来るであろう。

 私は郷土を護る為には死ぬことが出来るであらう。私にとって郷土は愛すべき土地、愛すべき人であるからである。私は故郷を後にして故郷をを今や大きく眺めることが出来る。私は日本を近い将来に大きく眺める立場となるであらう。私は日本を離れるのであるから。そのときこそ、私は日本を本当の意味の祖国として郷土として意識し、その清らかさ、高さ、尊さ、美しさを護るために死ぬことが出来るであらう。

 私はこんなことを考へて見た。そして安心したのである。まことに「私」の周囲のできごとは卑少である。私のこゝろは今救はれてゐる。朗らかである。

 午前飛行作業を終へて午睡をしてゐたら、手紙が来た。


 12月13日(水)

 昨夜、映画があった。「無法松の一生」である。大変いい映画だと思った。人間の美しさと云ふものは、身分とか地位或は衣服、化粧等、更には学問とか云ふものによってではなく、その人間のこころの美しさであることをしみじみ知るであらう。本当に美しい人間とは「松」の如きであるかも知れない。

 昨夜の雨もカラリと晴れて、今日は快晴。絶好の飛行日和であるけれど、地面が悪くて「彗星」はとべない。練成下士官が99FB(練習機)で編隊をやる。

 今朝の整列のとき、隊長は大谷中尉の血書を示された。ハンカチに「特攻隊死願大谷恒太郎」と書き、日の丸が真中に染められてあった。未だ生々しい血の色であった。多分、先日の攻撃隊編成のときのものであらう。頭が下がる。

 我々学徒搭乗員は幾千幾万とゐる。13期だけでも相当な数であらう。そして私達の一人々々が、その学徒搭乗員を代表してゐるのである。一人がいいことをすれば全体の名が上り、一人が過てば全部の名を下げるのである。大谷中尉はまことに我々全部の為にその意気を示してくれたものと云ふべきであらう。個人の行動それは直ちに全体の行動である。このことを忘れて行動するの徒よ、大谷中尉にならへ。

 軍隊に於いては、殊に Egoismus は許さるべきでない。
 (朝記)

画像
 2月21日 (昭和20年) 曇、夕小雨

 11日の紀元節の朝、国分を発って、夕方大分に着いた。搭乗員は私と池浦中尉の他下士官5名である。向ふ10日間、大分基地で「流星」の講習を受けるためだ。

 来た当座は、横空の人々は一種の脅威であった。それに流星という未だ実験中の高性能機の勉強で大変だった。仲々飛行機には乗せてくれず、居候のくるしさを大分味った。私達のことは全部私と池浦中尉とでやらねばならぬのだ。K5の名誉、13期の名誉を考へるとウッカリも出来ない。そのやうな明け暮れの中で国分に別れた仲間が無性に懐かしかった。

 13期! それはやっぱり一つのクラスである。離れて見ると、その人達たまらなく懐かしい。

 K5にまとまった16人の13期は、これで私達の生涯を終るその最後の戦友だと思ふと、全く兄弟のやうな気がする。然しそんな感傷の中にも、少なくとも流星と云ふ新作機に乗るのは13期の中で池浦と私がトップであると云ふ誇りが私達を元気づけてくれた。

 72期(海兵)の宮地中尉もよく指導して下さった。15日に初めて地上滑走をやったが、それからは本土付近に迫る敵機動部隊の為に飛行作業は出来なかった。或る日は、魚雷を抱いて暁の強襲をかける陸軍新鋭機「靖国」を送って帽を振った。感激の一瞬であった。(お母さん!私のクラスの者5千人の中で新鋭機「流星」に乗るのは私と池浦中尉が第1番目です。この名誉をよろこんで下さい)

 
 4月27日

 今窓外は雨だ
 私の部屋は酒宴をする
 酔っぱらった
 これだけの記録で此の部屋の Romantick なフンヰキを感じてくれるか
 男ばかりの世界
 清潔なよろこび
 死が明日にも自分のものである生活の一コマ
 生きている限り明朗で、そして飲み、「ヘル談」をするのが飛行機乗りの生活である
 机の前に活けられた菜の花よ! もう春はたそがれる!
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・想ひ出の語らひよ!

 
 5月6日 (注・日記は4月となっているが5月の誤りならん)

 クラス会をやった
 酔うて帰る5月の夜の星よ!
 さらば
 みんな仲よくしなければならぬと思ふ
 戦争はきびしい
 生きることは思はれない、と同時に、死ぬこともたやすくはない
 生きている限り死んではならない
 藤の花が夜眼にも美しい
 5月の青空よ

   5月12日木更津基地へ転進、5月22日より日記は始る。 (編者注)
 
 
 5月27日
 
 海軍記念日
 おひるはごちそうが出た
 アンデルセン童話集を読む
 月の光のやうな世界。花や小鳥が語る世界
 こんあ世界は単なる空想の世界ではなく、私達がいつか生れ変る世界である
 私は楽しかった
 満月の太田山道を宿舎へ帰る
 女学校で映画を見たのだ。月光の新緑に映り返る美しさ

 
 7月31日
  
 今日こそ出撃の日である。我が流星隊8機の特攻々攻撃の日である。朝起きると、深いふかい霧。山野木々の葉や梢から、その霧が雫となってポタリポタリと滴り落ちてゐた。

 飛行場へ来ると私達の飛行機に搭載すべき品々がきれいに整理されて置いてある。

 昨夜身につけるものもすっかり更へた。母上の送って下さった千人針も腹につけた。国立の小母さまの下さった新しい純白のマフラーも用意した。私の身の廻りにある最上等のものを身につけたわけだ。

 出撃命令を今かいまかと待ちながら、只独り防空壕に入ってこれを記してゐる。

 父上、母上初め兄弟姉妹、その他親戚知人の皆様、さやうなら。

 お元気でやって下さい。

 私は今度は「アンデルセン」のおとぎの国へ行って其処の王子様になります。そして小鳥や花や次々と語ります。

 大日本帝国よ、永遠に栄えん事を。

 
 8月3日

 快晴の夏が続いて俺は未だに生きてゐる。あの日、敵機動部隊は姿を消してしまったのである。俺達の特攻待機もとけた。

 一昨日、石野中尉が試験飛行に乗ってそのまゝ帰らなかった。どうなったのか遂に不明。

 恐らく東京湾中に没したものと推定される。悔みても余りあることだ。あの日、敵機動部隊が来て居れば、彼は俺と共に出撃し、その若き祖国愛に燃ゆる生命を以て米空母一隻を轟沈せしめたであらうに・・・・・・。

 後に残された若く美しい清子夫人はどうなることであらう。

 
 8月9日 快晴 (注・戦死の日)

 敵機動部隊が再び本土に近接して来た。一時間半後に、私は特攻隊としてここを出撃する。秋の立った空はあくまで蒼く深い。
 
 8月9日!

 この日、私は新鋭機流星を駆って、米空母に体当たりするのである。

 戦友諸君、有難う。


画像
【追記】以上「雲流るる果てに」の記述は身辺雑記風だが、「きけ わだつみの声」は膨大な日誌の中から次のようフレーズを取り出しているのは何故だ。
 
 私は帝国海軍に対して反感こそ持て、好意は持たない。私は今から自分自身のこころにたいして云ふ。私は私のプライドのためなら死に得るけれども帝国海軍のためには絶対に死に得ない。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「雲流るる果てに」 −6− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる