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zoom RSS 「雲流るる果てに」 −4−

<<   作成日時 : 2010/01/03 06:08   >>

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植島幸次郎[うえしま・こうじろう]・明治大学ー東京都出身ー神風特別攻撃隊菊水部隊天山隊、昭和20年4月6日、南西諸島にて戦死、海軍中尉 23歳 第13期海軍飛行予備学生。昭和18年9月土浦海軍航空隊入隊。

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    日 記 よ り

  飛行作業のない日 (日記より)

 昨夜、床の中で・・・床に就くまでは、皆でパイカンを開けたり、ブドウ酒や紅茶シロップ、ミカンの缶詰を飲んだり食ったり、相当遅くまで雑談、Y談に耽ってゐたのであったが・・・清水(享)が、”植島よ、お母さん何と云っても良いな・・・”と感慨深く云った言葉に、漠然と”ウーン・・・”と洩らして見たが、私の思想にはそれ以上のイマジネーションは浮かばなかった。
 何故だろう?
 今の私は、たゞ今の現実と空だけしかない・・・あの岸がよく注意してくれた処の自棄的と破壊的と、それだけしかないと云うのであるか?
 或は全くその通りであるかも知れない。
 昔、あれ程考へてゐた母のことは忘れてゐる日が多い!
 あゝ何という親不孝者よ!
 又然し、反面それだけ搭乗員らしくなって来たことも確かな処であろう。全てを忘れよ。
 お前の恋人は、あの果てしない遠く高く青い青空よ!
 時々K子を思ふ。馬鹿だった日とは思ふが、瞬時ではあった。短い年月だっただけに、たのしい夢に違いないものであった。

  
  昭和19年10月5日 木 (雨) 午後五時於私室
 
 雨が降る、昨朝から降り出した雨である。
 忘れてゐたダイアリーを取出して、今日から書いて見ようかと思ふ。
 一年たつと随分人間の立場と云ふものが変るものだと思ふ。
 去年十月一日入隊式をして感激の軍艦旗を仰いだ日から今日迄。
 私室が変って気分も一新、皆な質の良い少尉でたすかる。それに下と異って階上は静かである。思ふ事も多くなるだろうか。
 私は皆と一緒に勉強しなければならないと思ひながら出来ない。
 今日、姉さんから手紙が来る。茶が届いたさうな。お嬉び。然し今は別に誰とも会ひたくない。母ともー面倒な心理。
 
 自分の地位が自由を与へられた証拠だ。静かな夜など、静かな瞑想に耽りたいショックを感じる。つゝましい、物静かな、私はやはり地味な生活を願ってゐる小市民的な人間に違いないことをつくづくと思ふ。
  

  昭和19年10月21日 土曜日(但し土曜日課にあらず)
 
 自分が良い子になろうとか、カーブを上げようとか、さういうさもしい心でなく、毎日を堅実に一歩々々と礎石を積み、そして次第に認められれつゝあるという事実。こんあがっちりとした地盤のしっかりしたたのもしさはないと思ふのである。
 充実した生活をしなければ嬉びはない・・・・・・と云ふことは、遠い昔、商業学校時代に深く考へたことではあったが。
 私は日毎私室にゐる時間が多くなって、軍隊で云ふ悪い意味に続いて行くのを意識する。
 青びょうたんのヘナヘナ士官になって了解ふ。
 このところ雨天が続いて飛行作業も思ふやうに進まず、学生もすっかりダレてしまって、教務をやっても実に張合ひがないことおびたゞしい。
 学生と共に空中を心行くまで飛んで飛んで飛び切る嬉び。男、本当の男の姿をそこに見る。私は何時も最後の搭乗が終わって地上指揮官に届けに行く間早駆けする。ハチ切れるやうな届け方、男らしさ、これぞ本当に充実した男の世界。
 日毎濃くなる秋の足音を強く聞きながら、私は何を書き続けやうと云ふのであろうか・・・・・・。
 一昨々日、東京に帰って見た。母は旅行、長野善光寺行き、もう全部の楽しみの内の1/2を失ってしまったやうな。然しながら何のかんのと気をつかってくれた姉に対して大きく感謝しないわけに行かない。行きの汽車に乗った瞬間に半分は終わったやうな具合。東京行きの汽車の中で刻々と変わっていく娑婆の情勢を思ふ存分、明けすけ見せられるやうな気がするのであった。海軍の武人左官クラスの人が人垣の上から乗り越えて、窓から弁当を購入してゐる風景。
 見る度に変化して行く女性の風俗。
 充実した生活を続けよ!
 其処に汝現在の最大の輝きを見ん。
  

  高知空に於ける朝の一刻ー思ふ事なぞ

 いろいろと過ぎし事なぞ考へてゐる内に、私の思想は思ひがけない躓にぶつかってウィるのを知る。何か。どの顔を見てもKに見えるのである。惚けてゐるわけじゃないが、否忘れてゐる筈なのに、又忘れなければない筈なのに、考へれば貧しい私の思想と云はねばならぬ。Kは今頃、世の中で最も罪多き者として、若さも美しさも全てを天上から奪はれて、それでも暗い寂しい生活を続けてゐる事であらう。
 本当にさうかしら? 反面
 甘い甘い君の思想!と侮られてゐるのも思ふ。Kは昔のことなどきれいに忘れ、否そんなイメージを自らの勲章として、次から次へ新らしい現実をとらへて歩みつゝある・・・・・・かも知れない。
 あゝ分からない。こんな事は、もうどうでも良いのだ。考へるのを止そう。

  
  失  望
 
 秋の夜のやうな物憂い大気の流れ、ここは冬とも思へない暖かさ。
 静かに思想する時間も欲しいと思ってはゐるが、今は仲々それを求める事は出来ないのである。私の精神は堕落してゐるのであるか。
 然り。
 二年前に秘かに考へてゐなかった事ではなかった・・・・・・が。この宿愁の地の土を踏むとは思ってもゐなかった。
 君等は俺の生活ー過去を知るまい。
 あゝ美しい一個の絵巻物のやうに華やかな秘密。
 君等はあのーを知るまい。
 そしてこの現在の俺の生活、苦痛を知るまい。
 嗚呼。

  
  ペーソス
 
 物語りの中の悲劇の主人公はあまりにも痛切に読者の胸を衝くのであるが、現実の中の主人公は多分に悪魔的な快感を味ってゐるのではなかろうか。現に君自信が。
 Kの事だってさうじゃないか、明らかにー。
 K市でもしも君がKと会ってゐたら、今の君の気持も現在より大分変ったものであろう。
 それが結果の良否は別としても。

  
  操縦員Y君へ

 君は死と云う事、愛人の事、更に人生の事が様々に乱れて、今非常に悩んでゐるやうである。
 君は25歳、恋人を待った事のない名門の君の気持は、私から見れば非常に清らかである。
 君の迷ふ気持ち分からないではない。
 でも少なくとも僕には君が大らかなる気持ちを忘れてゐるのではないかと思ふのである。


  A の 事
 
 安っぽい奴さ。
 意味もない。
 過去私の通って来た嫌悪さる部類に入る女である。
 ぐんぐんと魅きつけられたKの場合と正反対。
 愚しき真似はすまじ。

 静かに身の廻りを整理しよう。
 ならう事なら母へ最後の御挨拶と、
 姉へ遺書を残して置こう。

 私の来るべき日は、静かに迫ってゐるのだ。

  
  K 子 よ

 24年の生涯に於て
 K市に生まれたK子の事を本当に純真な心で愛することの出来た俺と云ふ男は幸だったと思ふ。
 あんな結果になって、終世離れじと誓った二人だったのに、別れてはしまったけれど。
 そしてこの事は、怒の一年の後に、君の事を真に愛してゐた自分の心理を慥かめるのに愚しくなかった事。
 Kよ、今K市で君は汗をだして働いてゐるかも知れないが、
 君を本当に愛してゐた自分を見出して幸である。


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写真説明〕@上、土浦航空隊入隊式。勢ぞろいした2500人余り、このうち3人に1人は帰らなかった。A下、植島中尉搭乗の艦上攻撃機「天山」三座式で800キロを抱えて飛び立った。B昭和20年4月6日、この日、沖縄本島に上陸した米軍を目指して海上では戦艦「大和」が出撃、空は陸・海500機余りが特攻作戦を展開したという。
 

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