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zoom RSS 「雲流るる果てに」−16ー

<<   作成日時 : 2010/02/01 06:18   >>

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池尾俊夫 [いけお・としお] 同志社大学経済学部ー東京都出身、昭和20年1月24日、フィリピン・ミンダナオ海域の輸送船団夜間攻撃にて戦死,25歳。注 搭乗機は「天山」。(「雲流れる果てに」101〜109頁)


  なつかしい蘇州

 昭和19年5月10日
 
 待望の機上作業、雨天のため中止となる。本格的な空の訓練が愈々初り、7月1日には作業も終了し、夫々任地へ向かふ。惟へば感無量である。昨夜は嫁入前の娘のやうに、そして幼き頃の遠足の前夜の如く、心楽しく落着かずハシャギ廻った。夜中よりの雨はなほしとしとと降り続いてゐる。

 雨の日、それも朝起きた時より雨の降ってゐる日は、物憂ひが心楽しい。一日中なつかしい昔の思ひ出に耽ることが出来る。昔から雨の好きだった男、それは一日一日のあわたヾしさの連続より切り抜けて、魂に憩ひを与える日だからである。一日中、しかもしとしとと降る雨は、私の慈母である。軍隊生活中に於ても、しとしと雨は心を慰める。そして昔のことヾもを回想して見る。私は死ぬ迄しとしと雨に心なぐさめ、過ぎし日を夢見るのであらう。

 死生観とかなんとか良く聞く言葉であるが、なにも特に軍人に死生観が必要な理由はない・・・し、またそれ程抜き出して言ふ程のこともない。戦争に、訓練に、死する時、私情のない限り先づ立派に死ねるが、軍人ならずして畳の上でしぬ人間こそ、死は六ヶ敷く、死生観と云ふものも、却って彼等に勉学して貰ひ度いと思ふ。


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 かって父と遊んだ蘇州の一日を思ふ。父と二人で、想像以上の満員車で蘇州に着いたのが昼頃であった。駅の前は、支那そのものの代表の喧騒と濫雑で、先づ旅行者に嫌悪の情を起さしめる。シナという所は、その嫌悪を我慢して入と、想像の出来ぬ美しさ、よさにぶつかり、親しみがあるらしい。

 薄汚い街は不気味であるが、通って見たい衝動に駆られる。えたいの知れぬ塩魚、必要以上雑然たる通りの溝へ、その濫雑の中を黄包車は進むが、車はまさに通りの王者であり、暴君であり、巧に泳ぐ魚である。虎邱山の古塔は実によい。半ば傾き、風雨にさらされてゐる古塔は、何と云つても私の好きなものの一つである。

 朽ち果てんとする物の美しさ、悲しさ、そして多くの人の祈りを籠めた古塔。古塔の高台より南京側の方は南画そのもののやうな奇山、勝景が連り、山の上の雲も白い。寺の名は忘却したが、あの僧衆の読経、あの大きな木魚を思ふ。羅漢サンは面白いと思ふが、日本の仏像のやうな深みには欠けてゐる。全体として明るい。

 蘇州そのものもよかったが、上海蘇州間の沿線の景色は実に美しい。起伏のほとんどない緑一色の畑、楊柳、水牛、湖、クリーク、日本の景色に劣らぬ。成るほど単調かも知れぬが、私の気には入る。

 日本人は兎角凸凹の激しいものをもって景色となす趣があるが、本当の美しさはそんな特殊なものの中に存するものではない。それはむしろ奇景とでも云ふところである。単調な目だたぬ物の中に、本当の美しさは存し、それは本当に健全な美と云ふものである。

 杭州の景色は見ぬが、これはむしろ色彩にとんだ美しさであるらしい。蘇州に行った私は、真に支那の美しさに接し得たことを喜ぶべきである。古さ、歴史、これは何人も侵すことの出来ぬ美しさである。


  手   紙
 
 御手紙拝見しました。日々感激を以て生活出来ることは人間最大の喜びです。そして感謝をもって進むことは、人間として偉大なことです。私達は今興亡を賭しての大戦下に、夫々の持ち場で精進してゐるのです。国民といふものは、戦争してゐると否とに拘らず、有形無形の内に国民的意識、即ち日本国民としての自覚は寸時も心から離してはなりません。我々はどう論じつめても、日本がなくなっては存在し得ないのです。戦争も一国の存立がこの状態では成立し得ぬ時に勃発するものです。日本もこの状態だったのです。

 この事を充分肝に銘じてから、そして私がこのやうなことを書き出したのは、「テイ坊」の世の中といふものに対する考へ方が間違ってゐないかといふ心配からであるといふことを先づ考へて下さい。「テイ坊」のキリスト教に対する考へがどのやうなものか、私には明確には分かりませんが、先日の手紙の中の「神」といふことはいかなることを示すのでせうか。神に謝す、神の恩恵である、とは純然たるキリストそのものであるか、或は漠然とした口では云えへぬ或る何ものかを指すのか、若しキリストなりとせば、実に宇宙を包摂した考へのやうに思はれるのですが、それは大いなる誤りです。


 理論的に書いて説明しても、それは六ヶ敷いことであるし、間違って解釈すれば却って誤解を生ずる結果となりますから書きませんが、凡てが自分の足場であると考へることはいけません。日本といふ足場に於て生きてゐる。生き甲斐を感ずる。生かされてゐることを考へねばならぬのです。キリスト教といふものがまだ咀嚼されきってない、即ち日本人としてのキリスト教にまでまだ同化され切ってゐないことが間違いのもとですが、日本人としては、矢張り根本的に何等か相容れぬものがあるのではないでせうか。

 なる程キリスト教は立派なものですが、愛の精神が充分偉大に発揮できたとしても、吾々は敵に命をやって負けたりして良いのでせうか。それでは、根本的に愛の精神を以て戦争をなくしたらと云われますか、そして世界の戦争を社会の「レギュラー」な一形相であると云われますか、私も予科の時代にさう考へました。そして人間は根本的に戦争を没除して、平和に楽しい世界を生み出すことは出来ぬものかと考へ、又そんな世界を憧れたものでした。しかし現実の世界に於ける戦争といふ一形相は、永遠の人類に課せられた真剣な仕事でせう。
    

 勿論、必要以上に政策上曲折されて居りますが、「世界に告ぐ」のクリューガーの態度こそ我々のとるべき道なのです。万一只管なる祈りを神(キリスト)に献げるのみならばクリューガーの息子となって仕舞ふでせう。しかし息子はそれに気付き、己が「ボーア人」である自覚を持った時、あの勇敢な若人となり得たのです。人間として己が現在生きてゐる、生かされてゐる。そして而も日本に、と云ふ自覚がある時、その幸福を、人間最大の幸福を味ふことが出来るのでせう。同じキリスト教を信じあふ両国民にしても、なほかつあの戦を見るのです。夫々の国には「キリスト教」w信じてゐても、その国々には他国にはない祈りがあるのです。他国にない祈り・・・・・・これが即ち各々の国民の神なのです。

 勿論、テイ坊の讃美歌に近づく気持は分りますが、根本の精神を忘れてはなりません。この根本精神がわかれば、あなたの道は唯一です。即ち親孝行です。親として甘えきり、急変あった社会を過して来られた母を理解することです。讃美歌と共にだんだん母と精神が相ふれて行かねばなりません。讃美歌と共に離るることがあれば、おれは日本人として、否人間としての自覚の欠如によるのです。母親とともにあなたの生活はあることを忘れぬやう、身体を御大事に。  敬 具


  偶  感
     
     春陽
 
 声高く童は歌ううtふ
 兵隊さんと童叫べば胸をはる

 だぶだぶの飛行服
 だぶだぶの飛行靴
 愈々空への第一歩!
 どっしりと構へたものゝ落着かぬ
 ちょっと偉くなったやうに胸を張って見たが
 苦しくなって大きく息をはいた

  
  エルテルの悲しみ
 
 人間と云ふものは甘いものばかり食べるとからいものが欲しくなる。それと同じやうに軍人生活中、軍務用の本ばかり読んでゐると、情緒豊かな本が読みたくて仕方ないものである。そして、それは或る程度満すことは、人間の魂を和らげ豊かなるものとなすことは疑ひのないところであらう。
  
 (つづく)

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