満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「雲流れる果てに」−18−

<<   作成日時 : 2010/02/10 05:39   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

石野正彦 [いしの・まさひこ] 神戸高商ー兵庫県出身ー昭和20年8月1日、千葉県木更津方面で殉職、24歳。海軍中尉。搭乗機は「流星」。(「雲流るる果てに」・113ページ)

画像
   濠北の父へ

  遺 書

 My Father,Old good Father!
 濠北の涯に戦ふ老准尉、幾年夜戦の夢を結び給ひしならん。
 なつかしき父上、弱い人間の美しさを隠しなく表したお人の好いお父さん!

 貴方の人生は軍服と共に在りました。
 数奇な運命の放浪児であったお父さん
 御召の時の幸福に勇んで着けた老軍衣
 若き子等に見送られ
 故郷の山に別れを告げたお父さん

 貴方は今何処でこの星を眺めて居られるでせう。
 あの駅頭で振った手を、私は今も忘れる事は出来ません
 涙にもろかったお父さん
 戦ひに強いお父さん
 幾度か弾丸飛雨の間に
 私達を想ひ出して下さった事でせう。

  
  母 上 へ
 
 人は何故泣くのでせう 人は何故笑ひ悦ぶのでせう
 そして誰か私を悲しませ 誰が私を楽しませたか
 だから何のために私は生まれたのか

  
  お前が生まれた時
  お母さんは何と云ったのだろう
  「ねんねんころりおころりよ」
  若い母の胸に抱かれて聞いた桃太郎
  お母さんは「青葉茂れる櫻井の」の歌が好きだった

  お前もあの歌が好きだった
  若くして潔ぎよく散った正行!
  お母さんはお前の心に植ゑ付けたのだらう
  血潮、黒潮、蒼空、子守唄
  母上の瞳よ
  大空を高く仰いで下さい
  吾が子の天翔ける姿に微笑んで下さい

  
  妻 へ
 
 二十有五年の人生終に花と咲き実の結ぶの機至らんとす。畢生の勇を振ひて戦はん。吾出撃の際は恐らく特別攻撃隊員ならん。もとより本懐とする所にして悔ゆる所ない。未だ契り浅くして若き其許の事を思はずと云ふには非ざれど、これ微々たる私情にして、大義ににして悠久に生くるこそ真に男子なれ。泣くを止めよ吾を信ぜよ、誓って死花を咲かせん。大言壮語を止めん。幾多の戦友見事敵艦、敵機をはふむれり。

 吾唯々黙々として必殺轟沈を期するのみ。
 未来の坊や! は純真明快にして伸び伸びとした自然児ならんことを祈る。

 思ひ出の地 木更津は、味ひても味ひてもなほ余りある幸福を、心の中に、胸の内に蘇らしめる。水野氏の温かき心に満てる人達に接し、静かなる離れ屋に住まひし一ヶ月の日々を想ひて、唯仕合せの運命に頭の垂るるなり。其許も同じ想ひならん。われらは幸福者なり、世にも稀なる仕合せの星の下に住みたり。

 心静かに此の日々に感謝せん。
 夜明けの明星冴えざえとして太田山の北東に輝く。生ける悦びと躍動とを感ずる。
 水野様へは其の後忙がしくて行く暇もありませんが、いずれ又大いに飲む機会もあるでせう。

   
   七月二十五日
  
  妻 清子様                                        夫より


  自省録 (三重航空隊にて)
 
 昭和18年・10・1
 
 苦労は若い時にすべきなり。われ少年時代は貧困にして精神的に相当の試練をうけたり。しかれども肉体的にはさして鍛練をうけざりき。田舎に育ち、家貧しかりけれど、母の教養あるに由りて比較的文化的恩恵に浴したり。長ずるに及び漸次幸福を増し、貧しきながら、父母の愛育うけ、弟妹の慈愛によりて幸多き日を送りたり。今日環境の異なりたるによりて幾分の苦痛を受くるとて歎くは、まことに腑甲斐なき男子と云ふべきなり。われは皇国の武夫なり。光栄ある海軍将校学生なり。その恵まれたる地位に感謝すべきなり。先ず胆を練るべし。人間の価値は誠にあることを忘る可からず。親愛なる友あり、何ぞ寂しきを歎ぜん。
 
 昭和18年・10・25

 心卑しからば外自ら気品を損し、様相下品になりゆくものなり。多忙にして肉体的運動激しくとも、常に教養人たるの自覚を持ちて心に余裕を存すべし。教養人なればこそ馬鹿になり得るなれ。馬鹿になれとは純真率直なれとの謂なり。不言実行は我が海軍の伝統精神なり。黙々として自らの本文を尽し、海軍士官たるの気品を存するが吾人の在るべき方法なり。吾今日痛感せる所感をあげ、以て常住座臥修養に資せん。
 
 1、黙々として己が本分を尽くすべし。
 2、海軍士官たるの気品を備ふべし。
 3、男子は六分の侠気四分の熱なかる可からず。

 
 而して誠を貫くことは不動の信条なり。寡黙にして而も純真明快、凛然たる気風を内に秘め、不嶽の秀麗を心に描きて忘る可からず。

   弟妹に寄す
 
 あゝ 大空に飛ぶ日をわれ憧れて
 今日もまた夕陽に向ひて故郷の母に謝す
 恙なしや はらから
 兄は蹶然として大空を望めり
 弟よ 幸多くして学びに親しめ
 妹よ 貞淑にして母に仕えよ
 秋日は颯々として故郷を愛でつらん
 懐かしきかな
 安らかに眠れ 弟よ妹よ
 汝の枕辺に母あり、汝等の冬着を繕ひてあり
 針の手しばし休めて寝顔に微笑まん
 兄は母を想ひ、汝らを思ひて
 期待に背かざらんことを誓ふ
 明日はまた戦ひの庭に鍛えん
 大らかな夢に入れ 弟よ妹よ
 母はやがて汝等に寄り添ひて臥せん
 幸多かれ故郷のはらから

   
  母に会ひたり

   11・7
 
 母に会ひたり、遙かなる故郷より母来る。何たる悦びぞや、何たる仕合せぞや。
 かかる幸福感は我が人生に恐らく多くあるまい、銘記せよ昭和18年11月7日。
 初の外出を許され、加ふるに母に会ふを得たり。唯々感極まりて顔を眺むるのみ、何と言ひてよきや。今宵は伊勢の神域に旅装を解きつらん。げにうれしきは母なる哉、謝して猶余りあるは母の愛なる哉、何と言ひて母の愛を表現して可なるや。

 唯忘る可からず、今日の感激を、母の姿を。  


〕終戦、半月前にして殉職した無念さを思うと親族の思いはどうだったでしょう。搭乗機は「流星」、この年3月に制式採用された新鋭機、試験飛行を兼ねた訓練中のことと思われます。      

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「雲流れる果てに」−18− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる