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zoom RSS 「雲流るる果てに」−19−

<<   作成日時 : 2010/02/23 08:15   >>

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若麻績 隆 [わかおみ・たかし] 大正大学ー長野県出身ー昭和20年4月6日、神風特別攻撃隊第一 八幡護皇隊艦攻隊として出撃、南西諸島にて戦死。注 搭乗機は97式艦上攻撃機ー(「雲流るる果てに」・120〜127頁)

    残  記

 自己を満足させようとする努力が、「残記」を書かしめようとする。
 この記は短い私の一生の遺書である。
 この記に残った動静がわづかにでも父母のなぐさめとなれば嬉しい。

 
 画像
 事故を目前に見て、なほも私は一歩を進め得るのは、私が私自身を握り得る時に於てである。
 事故があった。私が私を掴む程度がいかに緩いかに戦慄する。
 この戦慄は無くなさなければならない。
 己を掴むこと、これに対する意識なくして、しかも巨然としてゐる人、素朴な人、原始的な明るい生活圏を羨望する。されど徒に羨む勿れ。この道を真っ直ぐに乗り切る意思と力とは、私が学生生活に学んだ筈だ。食後デッキで「智恵子抄」を十分間読んだ。もう万人の通る通路から数歩自分の道に踏み込みましたと云ふ言葉が目に滲みる。

 幸か不幸か私には、予備学生入隊以来雑談する友を持たない。昔はあんなにさわぎ廻った私であるのに・・・・・。
 他人のゆく道を歩かなくともよい。
 自分の道をぐんぐん入ってやらう。

 
 ふと眼を醒した。嵐は止んでゐた。戦友の寝息が、人間の安息を物語ってゐるやうである。五六人離れて聞えるいびきも父のいびきに似てほゝえましい。あと一時間もすれば「総員越し」になるのだ。

 寝台のきしまないやうに起き出でゝ、身支度を整え、殉職した友を見舞ふべく学生舎を離れた。今朝はあの山国の故郷の五月の朝を思ひ出すほど暖い。「ドア」の取手を握った感触ーーむかし寝物語に聞いた童話の子供が春の国を訪れて最初に手がけた「ドア」の取手にypく似たものである。

 通夜室には遺族の方は居られなかった。

 昨夜、弔辞の原稿を作ってやったりして、夜遅くまで煙草の中にゐたせいか、頭が重い。分隊長の命令でもなく、しかも隣の分隊の仕事を、一言の許可も受けずにしたことを申しわけなく思ふ。でも私一人で骨折って出来ることなら、やはりして上げてよかったとも思った。


 こんな小さな骨折りは誰にも知られずにゐた方が気が楽でよい。

 己れだけ正しいのみならず、他をも正しくする。他を正しくせん為には、己は純一無難の修行道を歩まねばならない。一歩行っては一度つまづき、延々と続くその嶮路を歩まねばならない。

 搭乗員の生活は如何にもデカダンのやうに一般に思われてゐる。然し不思議な事に、そんな空気は過去四ケ月の間を振り返って全く思ひ出せず、反対に日々の向上、日々の修養といふ事が非常に大きく表れてゐる。

 平和な時代に五十年、六十年をかけて円満に仕上げた人生を、僅々半年で仕上げなければならない。勿論円満などは望むべくもなからう。荒く、歯切れよく、美しく仕上げねばならないのだ。

 今日と同様な人間的生活を明日もあれかしと望む事は出来なくなって来た。だがまだ墜死の如きは事故と見做して居り、運命とは思ってゐない。それを宿命と考へる時には相当な犠牲があってからの事であらう。


   (つづく)

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