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zoom RSS 「雲流るる果てに」 号外@

<<   作成日時 : 2010/02/08 06:01   >>

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「あと二週間終戦が遅れていたら私も特攻隊員として出撃していたかも知れない」、といわれる映画評論家の山田和夫さん(予科練出身)を江東区の高齢者集会に招いたことがあった。「今、日本映画がいい」と題して講演され、その中で「映画・雲流るる果てに」にふれ、「きけわだつみの声」とならんで戦後、平和・反戦映画の秀作の一つと述べられた。.

   映画・「雲流るる果てに」 1953年 家城巳代治監督 鶴田浩二、木村 功 他出演

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学徒出陣で戦場にかり出された学徒たちの手記をあつめた『雲流るる果てに』が家城巳代治監督によって映画化(1953年)され、学徒出陣に先立って海軍飛行予備学生になり、特攻隊員として死んだ若者たちの遺書がドラマに再現された、特攻を描いた最初の劇映画作品である。

 「きけわだつみの声」もそうだが「雲流るる果てに」でも、1943年10月の徴兵猶予打ち切りで学園から出征した学徒兵たちは陸軍士官学校や海軍兵学校を出たエリート職業軍人から、露骨な差別と屈辱を受けた。「雲流るる果てに」の学徒出身兵もたちもそのなかで、優先的に特攻隊に送り込まれた。

 彼らは複雑な矛盾をはらみつつ、死への出発日を待った。出撃予定日が悪天候で日一日と延びる。『特攻待機』と呼ばれるこの耐えがたい日日の隊員の日常が映画の大部分を占める。「何のために死ぬのか」、もう知識人の訓練を受けていた彼らには、思い悩むことは絶えない。家族への思い、妻や恋人への愛情、故郷の山河への郷愁。家城監督は自分の戦争体験を土台に、出撃を待つ隊員たちの人間像をあたたかく描き分ける。


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 ついに空は晴れた。「特攻待機」は終わった。二度と還ることのない出撃に彼らは旅立つ。その機影が遠くに消えていった積乱雲の大空にテロップの字幕が浮かぶ。「きわめて健康」と。隊員の一人が父母にあてた遺書の一節である。そう、彼らは健康な身体と若々しい精神を持った青年たち、その「きわめて健康」の人生を突然断ち切られた無念の思いが、このラストカットに溢れていた。 (雑誌「前衛」07年9月ー特攻を描いた日本映画の歩み)

】一昨年、本ブログに掲載した「雲流れる果てに・映画」にリンクしています。クリックして下さい。

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