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zoom RSS 「雲流るる果てに」−21−

<<   作成日時 : 2010/03/21 08:08   >>

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牧野 缶 −明治大学ー石川県出身・神風特別攻撃隊第六神剣隊を率ゐて鹿児島県鹿屋基地出撃、昭和20年5が11日南西諸島にて特攻死、22歳。搭乗機・零戦(「雲流れる果てに」・142〜143頁)

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  想ひは走馬灯の如く

 極めて断片的なれども書残す事共。

 御父上様
 御母上様

 既に書残せし手紙も御送付申上げましたが、更に出撃の前日の今日、一言申上げます。
 人生僅か五十年とは昔の人の言ふ言葉、今の世の我等二十年にして既に一生と言ひ、それ以上をオツリと言ふ。まして有三年も永生きせしはゼイタクの限りなり。いさゝかも惜しまず、笑って南溟の果に散る、又楽しからずや。

 金沢の備中町、材木町小学校の頃、一月置きぐらいに病気をした弱かった頃、また千葉の家の前のグミの実など、潮干狩のこと、新潟の永き思ひで、水道町の交番・・・・・・寺浦の家、白山浦の家、下宿の思ひ出、静岡の家、狸の小屋、深沢さんのをじさん、をばさん!明大に於ける生活、下宿、岐阜の事、寺の娘、また再び金沢に戻って、瓢箪町の時代、釣りの事、色々と断片的に思ひだされ、懐しく、目を閉ずれば眼前に浮び上ります。唯々御両親様の御健康を祈るのみ。

 御父上様の例の御病気(何でもこはす短気病)は今後お慎み被下度、御母上様の御心痛察するに余りあり。

 此の世の中で悪いことは皆やったし、うまいものは食べたし、ドラムカンの風呂にも入ったし、朝鮮へも行ったし、思ひ残す事なし。

 
 一緒に死ぬのは斎藤幸雄一等飛行兵曹とて21歳の少年? かはいゝ男です。何故か私をしたって大分前から一緒に飛んでいますが、死ぬのも一緒です。技術も非常に優秀な人です。伯父さんが仙台市にをるさうです。別便に住所がありますから慰問してあげて下さい。

 最後の夜に映画があります。今から。

 出撃の朝。

 散歩に行くやうな、小学校の頃遠足に行くやうな気持ちなり。

 〇三〇〇朝めし。すしを食った。あと三時間か四時間で死ぬとは思えへぬ。皆元気なり。

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