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zoom RSS 「雲流れる果てに」号外D

<<   作成日時 : 2010/04/12 11:37   >>

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映画『月光の夏』(原作・脚本 毛利恒之=小説「月光の夏」汐文社刊=監督 神山征二郎)の主役の特攻隊員は陸軍と海軍の違いはあるが、学徒出身のパイロットであるところに“すべての条件を超えて十三期と共感するものがある。
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『月光の夏』に思う
 
 佐賀県鳥栖と鹿児島県知覧を舞台に“歴史的事実”をもとに構成したシナリオである。当時小学校にグランドピアノがあると聞いた目達原基地の陸軍特操のピアニストをめざす音楽学校出身と、学校教師の道を進む師範学校出の若い二人が線路沿いに十数キロを走って小学校を訪れ、若い代用教員が管理するグランドピアノで、今生の思い出にピアノ・ソナタ「月光」を弾き、知覧経由出撃した。

 しかし風間という音楽教師は、搭乗機の故障で引き返し、それから数十年かたくなに散華した戦友への思いに閉じ込もる。そしてすべてをドキュメンタリー作家に話し終えた風間は、共に出撃した友の妹である妻とともにピアノに会うことになる。

 ー私は死ぬべき命をおめおめとー風間がそういいかけると、さえぎるように元音楽教師の公子がいう。
  「よう生きとってくださいました」
  この瞬間、風間の肩がふっとゆるむ。そうなのだ、「死ぬべき命」なんかあるはずがない、生きること、生きぬくこ  と、生きる歓びを味わうこと、そのことにこそ至上の価値がある。あなたは、苦しみながらも、よくも生き抜いてくださ った。そういう公子の思いが風間に伝わる。

  風間は「月光」をひきはじめる。


 「月光の夏」を見て  シャンソン歌手 石井好子

 私の夫は小学校の同窓生で、彼は学徒出陣で海軍航空隊に入り特攻隊員となった。彼の場合は鹿児島の近くで出撃を待っているうちに終戦を迎えたのだが、出撃の受けて飛び立つ隊員を見送り、翌日、からっぽのベッドを見る苦しさを語っていた。一緒になったとき、「自分は幸せになって、死んだ戦友たちに申し訳ない」と言った。

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 生き残った隊員がピアノを訪れた学校で「生きていて下さって本当に嬉しゅうございます」という言葉が女の先生からもれるとき、生きていて良かったのか、死ぬべきだったのか、自問し続けた長い長い年月が、すっと消えて肩の荷が軽くなった思いを私達は見る。

 戦争の傷跡は今でも残っている。戦争のむごさ、むなしさをこの映画から学んでほしい。

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