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zoom RSS ピアノに想い 特攻隊員

<<   作成日時 : 2010/04/28 08:18   >>

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これまで3回、映画「月光の夏」に関連して、飛び立つ前の特攻隊員がピアノを弾いて「訣別の辞」としたことを石井好子、大貫妙子、淡谷のり子さんが哀惜の念をこめて書きました。これは陸軍のこと。海軍にもありました。当時旅立って逝った上官への想いを直属の部下がつづりました。

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 ピアノを弾き終えて出撃した熊沢康夫中尉
 
 沖縄航空総攻撃の×日が6日(4月)となり、串良基地に進出していた菊水部隊天山隊九機にも特攻出撃命令が下った。出撃は1330となった。

 その日、隊員たちは、この世との別れの半日を忙しく過していた。この特別出撃の直前、13期の熊沢康夫は、訓練を共にしてきた部下の下士官たちと、寸暇を縫って町に外出した。小学校を訪れてピアノを借り、ピアノの前に座り、約一時間余、無心になって、様々な曲を次々と弾き続けた。

 下士官たちも夢中で聞き入った。連れだって満足げに隊に帰ると愛機が待っていた。彼はそのまま悠然と機上の人となり、800キロの爆弾を抱いて僚機と共に出撃して行った。「天山艦攻」は雷撃機であったが、すべて、爆装、降下突入とと変わっていた。この日の戦闘機の援護、制空状態はよく、多くの特攻機が突入に成功し大戦果を挙げた。

 出撃直前、戦友との別れ、国土に名残りを惜しむわずかな時間を割いて、ピアノを心ゆくまで弾き続けていた熊沢分隊士の姿を、五十年後の今でも思い出して、感動を新たにしている。
 (甲飛12期 足立 毅記)

追記】何を弾いたのでしょうか。子どものころ音楽の時間で歌った、「小学唱歌」、別れを惜しんだ「仰げば尊し」、「蛍の光」、それともベートーベンでしたか、やはりショパンの「別れの曲」だったのでしょう。きっと。

】熊沢康夫中尉・昭和20年4月6日、鹿児島県・串良基地を「天山」にて出撃、戦死。京城師範出身

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